大学の友人と久々に会った時、毎年冬はお寺に修行に行くのだという。よく聞けばそのお寺は私が以前お世話になった先輩僧のお寺だった。全然繋がりが無いと思っていた知人同士が実は知り合いであったことに驚いた。
知人の知人を六人介せば世界中の人と繋がっているという説もあるようで、実は世間は狭いのかもしれない。
人との繋がりを縁と言い、仏様に繋がっていく縁を仏縁と言う。
都合が悪くなると縁を切りたくなるが、その先には仏縁があるかもしれない。その縁をもう少し手繰ってみてはどうだろう。 U.K
更新日:2012/02/01
健康で毎日忙しい時は、二・三日ゆっくりと休んでみたいものだなあと思うものである。
だが入院して病院生活を送るとなると、改めて健康ほど大事なものはないということを、身をもって味わった。病床に伏し、検査と治療が日課の生活。右も左も病人の中にいるからさほど気にならないが、見舞いの人の元気な姿を見ると、やはりうらやましく思う。
お釈迦さまの教えに「四苦八苦」がある。四苦とは生老病死を言い、病気はその一つであり、やがて死に至ることさえもあるのだ。
私は若い頃から自分の身体には自信をもっていた。その過信が病気を呼んだものと、深く反省している。即ち、十分に休養をとらず無理をする。精神的疲労・ストレスが蓄積されても、解消されることがないという状況であった。
ストレスが身体に与える影響について、お経には次のように説かれている。
瞋(いかり)を断たば静
かなる眠りを得、恚(う
らみ)を忘れれば憂いな
し。いかりは毒の根なり
賢者はこれを除きて安楽
なることを得たり。
瞋も恚もともに「いかり」であるが、瞋は目に角を立てることで、丸い目をまむしのように三角につり上げて瞋ること。恚は心の中に深く怨みを含むもの。私たちの心にまつわりつく、これらのいかりの蔓(つる)を断ち切ってしまえば、夜も安らかに眠れようし、安楽な日々を送ることができよう。
米国のある学者は「怒りが起こると顔が赤くなる。まぶたが広がり眼が充血する、声がふるえる等の状態が起こる。そして消化器系統の全てが痙攣し、脈拍は増え血圧も上がり、卒中・狭心症・動脈血栓等取り返しのつかぬ事が起こる」と述べている。
心の肉体に与える影響がいかに大きいかが知れる。
宗祖日蓮聖人は「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり」と説かれるが、どんなに健康が大切であるかを考え、健康に日々を送ることができるよう、心がけたいものである。
更新日:2012/02/01
「お上人この紋はどういう意味があるのですか。」
日蓮宗の寺院へ行きますと、幕、仏具、湯呑等さまざまな所に「井桁に橘」の紋が入っています。ご信者様の質問はその紋のことでした。私は「日蓮宗の紋ですよ‥。」としか答えられず慌てて調べてみましたが『日蓮宗事典』にも記載がなく、意外とこの紋は謎が多いようです。
伝承によりますと、日蓮聖人の父君が、貫名重忠という名の元武士。井伊家の支流貫名家の家紋である。という説明がよくなされますが、聖人御自身「自分は旃陀羅(身分の低い民)の子である。」としか家系について述べられていません。
出生については諸説あり家紋だと言ってしまえばそれまでです。しかし日蓮宗といえばこの紋、というまで広く使われるようになったのは、何か深い意味がありそうです。
古来より、橘は日蓮聖人が好まれた植物と言われます。柑橘類といえばピンとくるかと思います。
当時の御信者方は、「柑子」(今でいうみかん)をよく日蓮聖人に御供養されました。好んで召し上がられた事が想像されます。又、四季を通じて常緑の橘は、永遠を表すそうです。
法華経に説かれる久遠の仏様を橘に譬えますと、その種や栄養が凝縮された果実は、お題目であります。
日蓮聖人が好まれた理由も頷ける気がします。
井桁、これは井戸を表すそうです。井戸は、水をたたえる大切な場所。守り伝えるべき所ともいえます。
橘紋を法華経、お題目の御教とみれば、その御教をよりどころとして大切に守り伝えていくことがこの井筒紋の示すところと考えられます。
この紋章が代々伝えてこられたことは信仰が大切に受け継がれてきた証です。私達も、次の世代に守り伝えなければなりません。
こたつにみかんが恋しい季節。頂く前にお祖師様に御供をいたしましょう。
二月十六日は日蓮聖人の御降誕会(お誕生日)であります。
更新日:2012/02/01