会報「妙乃見山」

星の便り

勢電鉄のケーブル・リフト再開のご案内

 運休しておりました能勢電鉄のケーブル・リフトは3月20日より運転が再開されます。

 ご信者様には長らくご不便をおかけしておりましたが、どうぞご利用下さい。

 なお、妙見山からの送迎車は、今月は従来通り、能勢電鉄妙見口駅・箕面森町バスターミナル方面へ出しますので、ご希望のご信者様は、妙見山事務所へ前以てご連絡下さればお迎えに行きます。

 また池田からの阪急バスは従来通り日曜祝日は運転します。詳しくは妙見山事務所へお問い合わせ下さい。

更新日:2010/03/01

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今月の法話

人の間に生きる / 日 慧

阪のオバチャンはいつも飴を持っている。

 そんな話をテレビで聞いた。「本当かな?」「何で飴なんか持っているんだろう?」

 家では誰もそんな習慣がないので、大笑いしたものである。でも、その後これもたしなみのうちなのだと納得することになった。

 コンサートを聴きに行った時のことだ。空気が乾燥していることもあって、咽がいがらっぽくなり、とうとう我慢できずに咳き込み始めた。ハンカチを口に当てて、何とか音が漏れないように努力するのだが、中途半端に咳をするものだから、それが引き金になって更に強い咳が出る。満場が静まりかえったホールでの咳は、聴衆にとっても演奏者にとっても迷惑この上ない。冷や汗が出る思いで、これは外へ出るしかないかと考えた時、後ろの席から飴を乗せた手が突き出された。思わずつまみとって口へ入れたら、嘘のように楽になった。黙って後ろへ頭を下げた。

 飴をもらった時、二つの意味で私はうれしかった。一つは咳がつらいことでしょうという思いやり。そして今ひとつは、席を立とうとした私の心に対する思いやりである。「あなたが大変な思いでいることは私にもよく解る。あなたのせいではなく、咳がいけないだけですよ。」そんな思いが感じられ、申し訳なさが随分楽になったのである。

 人は一人きりで生きているのではない。人と人との間に居場所があり、人とともに生きているのである。だから「人間」という。相身互いというが、助け合い励まし合ってこそ、人間として生きることができるのである。これが「智慧」というものであり、仏が説く教えも実はここに根本がある。それを忘れては、人間とは言えないし、仏への道も閉ざされてしまう。

 助け合い、他のために手を差し伸べるという行為は人の本性ともいうべきものだが、それを忘れつつあるのが現代社会だ。このすばらしい宝物は、何としても伝え残さねばならない。

更新日:2010/03/01

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サクラサク / 末田真啓

「暑さ寒さも彼岸まで」の諺のように、厳しい冬の寒さから抜け出して、ようやく陽射しにも春を感じられるようになってくると、国民的行事とも云えるお花見を楽しみに待っている方も多いことでしょう。

 民間の気象会社から発表された情報によると、今年の近畿地方の桜の開花予想日は、例年の三月三十日よりすこし早くなる見込みだそうです。

 満開の桜は、老若男女を問わず、多くの人々を幸せな気分にしてくれます。なかでも、一日も早く桜が咲くのを祈るような気持ちで待っているのが、受験生とその家族でしょう。

 入学試験の合否通知は、かつてほとんどが郵便を利用されていましたが、最も速く簡潔にしかも安価に、試験の結果を知らせることができたのは電報でした。有名な「サクラサク」の短い文章で合格を知らせることはS31年にW大学から始まったといわれています。以後、本人に代わって試験結果を確認した上で、合否を連絡するいわば電報代行業は、大学の運動部やサークルの活動の資金を稼ぐ学生の手近なアルバイトとなりました。合格発表の当日に会場に来ることのできない地方の受験生にとって、まさに頼りになるのは「近くの親戚より遠くの他人」というところでしょうか。

 試験当日の緊張した空気とは裏腹に、にわか仕立ての電報屋の「合格電報はいかがですか!」「ウナ電(至急電報)○○円!」「日本一速い合格電報!」と、いった元気のいい勧誘の声が騒がしいぐらい、まるで文化祭に模擬店でも出しているような賑わいでした。試験直前のワラをもつかむ心境の受験生は「合格電報」の響きに引き寄せられるように、にわか電報屋は繁盛していました。果たして、試験の結果は悲喜こもごも、すべての受験生に「サクラサク」の合格電報を送ることができなかったことは言うまでもありません。「サクラサク」の幸福な電報が、今も日本中を駆け巡っているといいのですが…。

更新日:2010/03/01