新年を迎え、皆々様のご健康とご多幸をお祈り申しあげます。
お正月というと、私どもの年代にとって、コマ回しに羽根つき、凧揚げなどが浮かんできます。中でも凧揚げは、先代である父が子供相手に揚げてくれ、糸がたりなくなって大急ぎで太い木綿糸を足したのを思い出します。大空に舞い上がり小さく小さくなった凧を、糸一本で操るのは実に爽快な体験でした。
凧揚げは風との対話だと思います。風の強弱や方向を感じ取り、風がなくなれば軽く糸を引き、風にあおられれば逆に糸を繰り出したり、調整をしないと凧は空中に舞ってくれません。風の微妙な語りかけに対して、こちらも速やかに反応することが大事なのです。そのためにはまず足場をしっかり固めておかなくてはなりません。空き地や田んぼなどで凧揚げをするときは、特に足下をしっかり確かめておかないと、つまずいたり転んだりします。
でも一番大事なことは、丈夫な糸を使いこれをしっかり保持して操るということです。「糸の切れた凧」という表現がありますが、方向が定まらずどこへ飛んでいくか、いつ落ちるか判らないものの代名詞になっています。こちらの意思をしっかり伝えるのも、最後はこの糸一本にかかっているのです。糸を通して操者の意思を明確に伝える。この基本を守らないと、凧はうまく風に乗って上がってくれないばかりか、急激に落下したり、ひょろひょろと何処ともなく飛び去ってしまったり、ということになってしまいます。
振り返って我が身を見たとき、昨年の自分の姿はどうだったでしょうか。中々高く上がらなかったり、あせった挙げ句の急激な糸の引きで逆に落下してしまったり、あるいは糸を離したり切れて風に流されてしまったり、とそんなことはなかったでしょうか。
新年を迎えまずは足下を固め、慎重に風向きを読み、意図(目標)を明確にして、大空を存分に舞い飛んでみようではありませんか。
更新日:2012/01/01
昨年はあらゆる意味で大変な年だったと思います。
東日本大震災は大変という表現の枠を越えた災害でした。二万以上の人が亡くなられ、未だ何千人もの行方不明者がいる現実。
原発に至っては廃炉まで順調に進んで、四十年後という状況です。
台風でも和歌山県が経験した事のない集中豪雨により、河川の氾濫で交通が寸断され、またせき止め湖ができた事により、何十日もせき止め湖が決壊するかも知れない状況が続きました。
海外ではアラブ諸国で国民による民主化運動。ある国では大統領が裁かれ、またある国では長年民衆に独裁者として畏れられていた支配者が、配送中に反政府軍に射たれて死亡しました。
災害に関しては予測できませんでしたし、予測した人がいたとしても対策ができていませんでした。
原発事故は人災というのが大方の見方です。
災害の予測に関して、私達は短期的なら心構えできますが、長期になると忘れてしまいます。確実に認識できるのは今という瞬間です。未来の事は期間が長ければそれだけ無数に原因が加わり先行きが分かりません。分からないと意識が希薄になり忘れていきます。
アラブ諸国の事では、独裁者は欲の塊です。欲にも二つあります。利他の欲と利己の欲です。国民のためというのは利他。自分のためは利己です。独裁者も最初は国のために立つのでしょうが、そのうち周りはイエスマンばかりになり自分に都合の良いように、利己に走ってしまいます。
利他に生きることを菩薩行といいます。自身の損得に執着せずに生きることで、それは私達がお題目を無心に唱える事で実現するのではないでしょうか。透明な水に青を入れると青に染まり、濁った水に青を入れても青くなりません。青は得る徳で、水は私達の心です。利己に走れば心の水は濁ります。周りの他の人たちと共に悦びを分かち合うことで、より大きな心の満足が得られますよう、年頭に当たってお祈り申しあげます。
更新日:2012/01/01
宗祖日蓮聖人は、四徳ということを示されている。これは儒教の教えで、その一は「父母に孝あるべし」とされる。
さらに続けて、法華経では四恩があるとされ、その一は「父母の恩を報ぜよ」だと説かれている。どちらもまず父母への孝養が第一とされている。父母への孝とは、たとえ親がものの分からない人で、子を悪し様に言っても、子は少しも腹を立てず、また親のいうことが間違いであるというような顔もせず、親のいうことに逆らわず、また親に何もあげるものがなくても、一日に二・三度笑顔を見せなさい、と説かれる。
道理をわきまえて親の命に従うことを孝といい、親の命に背くことを不孝というとも示されている。聖人の、この様なお気持ちを拝して今日の世相を見ると、すでに仏が予言された末法の時機であるとはいえ、嘆かわしい現実を目の当たりにする。最近家庭内暴力という言葉をよく耳にするが、昔はそのようなことは言葉すら全くなかった。
戦争直後の物資や食糧の不足した頃、近くにお婆ちゃんが一人で住んでいた。家の前の空き地を耕して、わずかではあったがいろいろな野菜を作っていた。お婆ちゃんには一人息子がおり、たまに帰って来た。息子がまた戻っていくとき、お婆ちゃんは丹精して作った野菜をいつも持たせていた。その時息子は必ず老母に、お母ちゃん無理して働きなや、と声をかけて帰って行った。
そんな話を、お婆ちゃんはよく私にしてくれた。息子が「無理して働きなや」といってくれる。そう言って話すお婆ちゃんの嬉しそうな顔が、今も目のあたりに見えるようである。
子を持つ親は誰も皆、このお婆ちゃんの心情と同じであろう。わずかのものでも、子供のためにと、自らを忘れて一心になるのである。日蓮聖人はまた「親は十人の子を養えども、子は一人の母を養うことなし」と示されている。親に孝養を尽くすことは私たちの基本的な道だと思う。
更新日:2011/12/01
師走に入り、残り少なくなったカレンダーを見ると新しい年のカレンダーが気になります。
なくてもいいようなものですが、カレンダーがないと、何か社会の流れから取り残されたような気になります。日めくりもあれば、一ヶ月ないし二ヶ月ずつめくるのもあります。一月から十二月までが一枚になったものもあります。でもカレンダーは一年ごとに変わります。これが日記帳だと、三年日記などもあります。同様にカレンダーも何年か使えるものがあってもいいのではないでしょうか。そのうち百年カレンダーが欲しくなるかも知れません。
百年カレンダーは長すぎるという人がいるかも知れません。孫の代まで同じカレンダーを使うなんて、考えられないというわけです。
平成二十二年の平均寿命が男性は七十九歳、女性は八十六歳(労働厚生省のホームページより)でした。百年にはまだ足りませんが、平均寿命が少しずつ伸びている昨今、そんなカレンダーがあってもいいかもしれません。
人の一生を見ると、誕生から始まって、初七夜や御食い初めなど、いろいろな節目があります。「今日は二十歳の誕生日。大人になった日だ」。また、人生の後半になると、「病気で入院した」「元気になって退院できた」など、自分自身と一緒に人生を刻んでくれるカレンダーはどうですか。
それに、私たちを取り巻く生活環境は、日を追うごとに良くなっています。医療の面から見ると、病気を治す医療から、病気を予防する医療に変わってきました。健康を保つような体操も盛んに行われています。
高齢になっても元気な世の中。百年という先が長いカレンダーを見ながら、これからまだまだ色々なことが出来そうだと、夢を持って暮らしていくのもいいものではないでしょうか。新しい百年カレンダーは、そんな可能性を見せてくれると思います。長いようでもあり、短いようでもある百年。横に置いて人生をじっくり味わってみませんか。
更新日:2011/12/01
秋も深まり、山々も黄に紅に彩られる時季となってきた。毎年この時季がくると、学生時代の同級生会が開かれ、今年も出席した。
私たちの青春時代は戦争の最中であったため、ほとんどが兵役に就き、多数の友人が戦死、戦病没した。
第一回から、夫婦同伴となっていた。今年(平成二年二月)で二十一回目になるが、集まったのは亡くなった人の伴侶も含めて二十名であった。思えば昭和十六年に学校を卒業し、以来四十数年の間にこれだけの同級生になってしまった。
出席した者同志、互いに元気であることに感謝し、無き学友をも含め若き時代のことを語り、歌を歌って楽しいひとときを過ごし、再会を期して解散した。
「人身は受け難し、爪上の土。人身は持ち難し草上の露」日蓮聖人のお言葉である。人間として生まれてくることは、よほどの縁がなければ難しい。それにもかかわらず、人間として生まれさせていただいたのである。だが人間の寿命というものは、草の上におりた夜露が、朝日に当たってたちまちの内に消えてしまうように、誠にはかないもので、いくら長く生きたとしても、百年も生きることは難しいのである。
しかも一度別れたら、再び巡り会うことは出来ないことであろう。互いに元気に会っている今という瞬間の如何に大切なるやを、しみじみと感じたのである。
古来、一期一会という言葉がある。『広辞苑』によると、『生涯にただ一度まみえること。一生に一度限りであること」とある。この意味からみると、人間一生におけることは全て一期一会であるといえる。今日という日に学友に会うことも。また今日この日に食べる朝食にしても、昼食、夕食にしても、これは一生に一度限りのものである。全てのもの、全ての時が一期一会である。何事によらず一つひとつを大切に、今という瞬間を大切にしなければならない。その積み重ねによってこそ、充実した人生を送ることが出来るのではなかろうかと思う。
更新日:2011/11/01
ある日お釈迦様とお弟子のアナン様が街へ托鉢に出られました。するとお二人の前に一本の古びた縄が落ちていました。「あの縄を拾ってきなさい」お釈迦様に言われたアナン様は近付いて拾おうとしました。すると「うっ、なんだこれは臭くて気が変になりそうだ」ついにそれを拾えませんでした。でも、お釈迦様は何も仰いません。
黙ってその傍らを通り過ぎて行かれました。しばらく行くと又、縄が落ちていました。お釈迦様は再びアナン様にそれを拾うように言われました。「うー、またか。なぜお釈迦様はそんなことをお命じになるのだろう」といぶかしく思いつつも、縄にこわごわ手を伸ばしました。するとどうでしょう。今度はとても良い香りではありませんか。「おお、何とふくよかな香り、心が澄み渡るようだ」思わず拾い上げました。
「アナンよ、そなたが手にしておるのはセンダン木を束ねていた縄なのだ。そして、先程の縄はいらん樹を束ねていたのだ」いらん樹は人の死臭と同じ悪臭を放つ木で、そのにおいを長く嗅いだ者は発狂すると言われています。一方、せんだんは香木を代表するものです。「アナンよどちらの縄も、最初からにおいが付いていたのではない。それぞれ木を束ねていたが故にそのにおいが染み込んだのだ。人の心も同じ。いずれにも染まり易いものだ。だからこそ努めて良い縁に触れねばならぬ」そう諭されたのです。
では「良い縁に染められる」とは。日蓮大聖人は次のように示されています。例えばねじ曲がって伸びる習性のよもぎも、まっすぐに伸びる麻の中で育つと、不思議にまっすぐに伸びていく。又、蛇も筒の中に入れば自ずとまっすぐになる。人の心も同じ。お題目の添え木に支えられたなら、自ずから真っ直ぐに育っていくものであると。
ここで大切なのは、お題目の不思議さ、有難さとは「気付かぬ内に自然に」ということです。私達もそんなお題目に育まれる日々を送ろうではありませんか。
更新日:2011/11/01
「信友」「妙の見山」は、妙見山真如寺先代日法上人により始められました。その論稿の多くは『星嶺の輝き』に納められていますが、収録されていないものも少なくありません。来年日法上人の第十三回忌を迎えるに当たり、折に触れて遺稿をご紹介していきます。
標題のお言葉は日蓮聖人「曽谷入道御書」にある。眉は自分で見ることができないのと同じように、私たちは自身のことや自身に降りかかる禍などは、一番身近なことでありながら知らないのである。
私たちは他人のことはああだこうだと批判するが、自分のことには気付かぬものである。私はお酒を飲んだときは、自分では分からなかったが、随分大きなイビキをかいて寝たらしい。ある時友人と旅館に泊まった。その友人のイビキのすさまじいことは、自他共に認めるところで、私は「今夜は君のイビキで眠れないかもしれないなぁ」といいながら横になった。
翌朝、よく眠れたと思いながら目を覚ました。ふと見ると横に並んで寝ているはずの友人の姿が見えない。どうしたのかと思ったら、やがて布団を担いで姿を現した。そして開口一番「君のイビキで寝られず、空いた部屋へ避難したんだ」。誠に申し訳ないことだった。
信仰している人の中にもいろいろの人がいる。「あの人の信仰はまちがっている」などと人の批判をする人がある。批判をするより、気付くように手助けをしてあげればと思うのだが。
このように他人のことは見えても、自分のことは見えず、見えないから気にもしないのである。
『法華経』に「三界は安きことなし 猶家宅の如し衆苦充満して甚だ怖畏すべし」と説かれている。ところが私たちは今いる世界がそんな恐ろしいところだとは気がついていない。御仏はそれを知ら
て、私たちを救おうとされているのである。見えないからと、信じないのではなく、素直な心に帰って手を合わせることが信仰の第一歩である。
更新日:2011/10/01
十月は日蓮宗ではお会式の季節です。お会式とは宗祖のご命日を偲ぶ法要のことを言いますが、日蓮宗、とくに東京都大田区の池上本門寺のお会式は賑やかで有名です。
日蓮聖人ご入滅の霊跡である池上本門寺のお会式は、全国から三十万を超える参詣者がつめかけ、十月十二日の夜に行われる万灯練り行列を楽しみにしておられます。
お会式桜ときらびやかな提灯に飾られた万灯を中心に、団扇太鼓がトントコトン、鐘がチンカカカン、リズムに乗って笛の音がピーヒャラと響きます。万灯を先導するのは、江戸の火消し衆を彷彿とさせるまとい持ち。大きなまといを自由自在に振り回します。威勢のいい掛け声と共に歩く姿はお祭りさながら。まことににぎやかなものです。
十二日の夕方に先頭の万灯が出発し、それから百基以上の万灯が、深夜まで続々と池上本門寺の大堂(祖師堂)を目指します。
その大堂では、十二日の夕方から翌朝五時まで、途切れることなくお題目が唱え続けられます。堂内は檀信徒のみなさんが叩く団扇太鼓の音と、お題目を唱える声で溢れます。
賑やかなお祭りの雰囲気から一転、十三日の朝の大堂は凛とした雰囲気に包まれます。堂内に隙間無く檀信徒がつめかけ、声をもらすことなく厳粛な空気が張り詰めます。
日蓮聖人が亡くなられた午前八時、堂内に鐘の音が響きます。日蓮聖人がご入滅のときに実際に打ち鳴らされたといわれる「臨滅度時の鐘」です。この音が当時も響いたのかと思うと、涙が止まりません。
日蓮聖人六十一年のご生涯は「ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむばかりなり」との一心で、どんなに過酷な大難であろうともひるむことなくお題目を広められました。
そのご遺徳を偲び、今私たちがお題目に出会えた喜びに感謝し、みなさまと共に賑々しくお会式法要を営みたいと思います。
更新日:2011/10/01
「ストローつけますかー」コンビニで一リットルの牛乳を買った時のこと。若いバイト風の男性が慣れない手つきで牛乳を袋に入れながらの一言。小さい紙パック飲料を買った時にはよく聞くセリフだが、一リットルの牛乳パックを買ってこのセリフを言われたのは初めてだ。
普段コンビニでもらうストローはあまり長くない。だからもしそれをもらっても底まで届かないため、残念ながら役に立たない。だが、店員さんがわざわざ声をかけると言うことは、もしかしたら私の知らない間に一リットル用の長いストローが開発されたのかもしれない。迷った末ストローをつけてもらう事にした。
一抹の不安と期待を胸に家に帰って改めて確認すると、そこには見慣れたストローが一本。案の定、パックの底まで届かなかった。牛乳を飲みながらふと「マニュアル人間」という言葉が頭に浮かんだ。
マニュアル人間というと画一的で融通がきかない人の代名詞のような使われ方をする。しかし、マニュアル人間が悪いのは、マニュアルに無いことが起きた時変化に対応しようとしないことであって、マニュアル自体が悪いわけではない。
実際の現場ではマニュアルは重宝する。丁寧に分かりやすく書かれたマニュアルがあれば長年の経験が必要な高度な仕事でもそれなりにこなせるようになる。例えるなら、数学の難解な公式を自分で証明できなくても、公式を知っていれば問題が解けるのと同じようなものではないか。
これは仏道においても同じかも知れない。日蓮聖人は四信五品鈔の中で「小児乳を含むに、その味を知らざれども自然に身を益す」と、仏教の難解な思想を理解できなくても、まずお題目を信じて実践することが大切だと説かれる。仏教は実践することにこそ意味がある。理解することだけに一生を費やしてしまうと、せっかくの智慧も生かせない。お題目という日蓮聖人が説かれた公式をまず信じ行ずることが大切だ。
更新日:2011/09/01
先日外食をしていた時の事です。その店はバイキング形式で自分の好きな食べ物を取りに行くのですが、そこでお皿を持ちながら子供の名前を呼び、大きな声で怒っている人を見かけました。少し離れた所で店内を走っていたであろう子供が泣いています。
「そんなにきつく怒らんでもええのになぁ」と思って横を見ると、そこに居たはずの三歳になる息子の姿が見当たりません。辺りを見渡すと店の奥へと走っていく姿が見えます。
「こらーそっち行ったらあかん!」と焦って連れ戻し、「じっとしててや」と注意しますが、小さな子にじっとしていろと言うのも所詮無理な話。すぐにまた同じことの繰り返しです。
「あーっもう!」と思った時、ふと気付きました。他人が怒っている時は、冷静に何故そんな事で怒るのかなと思えるのに、いざ自分の事になると冷静さを失い少しイライラしている自分がいます。
改めて考えてみれば、私達は普段の日常生活で怒ったり、イライラしてしまう事がよくあります。自分に関係が無い所では落ち着いていられますが、自分の事になると何故か怒りや焦りが生まれてきます。
何故そうなってしまうのでしょうか?
私達は人生や物事は全て、自分の思い通りになるものと心のどこかで思っているところがあります。だから思い通りにならないと自分の都合で怒ってしまうのだと思います。
仏教には、この世の全ての物事は移り変わり、常に定まっているものはない。とする「諸行無常」の教えがあります。この世界は常に全てが変化しているのだから執着を持ってはいけない、というものです。
だから人生や物事が自分の価値観や理想と違う、思い通りにいかないのは当然であり、そんな事で怒るのは随分と人生を損している様に感じます。
思い通りにならないなら少しでも怒りを減らし、より多くの笑いのなかで生きていく事が充実した人生につながるのだと思います。
更新日:2011/09/01
「授業中だぞ、ちゃんと前を向いて話を聞きなさい」
後ろを向いて友達と話をしているT君。先生が何度注意をしても知らん顔。
小学二年生担任の先生はT君に手をやいていた。ある日の夕刻、先生はT君の自宅へ伺って両親と相談した。先生はT君の学校での生活態度を話し始めた。そして両親の子供の接し方について細かく聞いた。T君の父親は幼い頃に戦争で父を失い、父親の愛情を全く知らない。そして現在は自動車整備会社に勤務しているが、休日は知人の採石場で作業車整備のアルバイトをしていた。母親は、幼い弟の育児に追われ、T君をあまり構ってやれなかった。そこで先生がT君のお父さんにお願いをした。
「T君が授業を聞かない要因として考えられるのは、父さんの愛情不足だと思います。今晩からお父さんが馬になって、T君を背中に乗せて歩いてください」
その日から、お父さんは毎晩T君を背中に乗せて歩いた。そして二週間が経過した。後ろを向いて授業を受けることはなくなった。それからというもの父親は休日のアルバイトにはT君をつれて手伝いをさせ、子供と時間を共有するように心がけた。努力の甲斐があってかT君は徐々に先生の話を聞くようになった。
この話は、私が父から聞かされた私の幼い頃の話である。父は自分も父親として未熟であった。自分の親と同世代のベテラン先生でお寺の住職もであった先生に出会ったことは、まさに仏様の計らいであったと思う。あの先生には感謝していると語ってくれた。
父親の役割とは、単に命令したり、指導することだけではない。まず母親と共に子どもを養い、育み、慈しむ事が親としての基本である。強く厳しい父親の姿も必要であろうが、それ以上に、慈愛に満ちた優しい父親でなくては、子供は安心できない。仏様は私たち衆生の父であることを宣言されているが、父親の慈愛とは、まさにその仏様の慈悲の心に通じるものではないだろうか。
更新日:2011/08/01
いま静かな仏像ブームなのをご存知でしょうか。月刊の情報誌による仏像の特集や若い女性タレントのイラスト入りの仏像入門の本が出版されたり、歴史や日本の伝統文化に興味を持つ若い女性が増えたこと、博物館の展示方法や照明の工夫による仏像の新たな魅力の発見も、仏像ブームのひとつの要因になっているようです。
なかでも、奈良興福寺の阿修羅像は多くの秀逸な仏像の中にあって、雑誌の表紙にも抜擢されるほど大変な人気があります。
肌の色は怒りで赤く、三つの異なった表情の顔と六本の腕を持っています。親しみのある少年のような姿と憂いを含んだ神秘性との両面をもった、他の阿修羅像にはない特異な造形が人々を引きつけています。
ところで古代インドの神話の戦闘の神だった阿修羅は血気盛んで闘争を好み、常に帝釈天などに戦いを挑む鬼神の一種でしたが、お釈迦様の教えを聴いて懺悔し、仏教に敵対するものを退散させる守護神になりました。嫉妬心の強い激しい性格の阿修羅は、世界を迷いと悟りの十種に分類した「十界(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏)」の中では修羅界=前六界の人間界の下位におかれています。地獄界から天界までは六道と呼ばれる迷いの世界です。また声聞、縁覚、菩薩、仏の後四界は、四聖といって悟りの世界です。
中国の隋の時代に天台宗を開かれた天台大師は、法華経の教えによって、十界のそれぞれが相互に他の諸界を具えることを明らかにされました。つまり、私たち人間界の者もまた最下位の地獄の者も、その心の中に仏の世界を持っているというのです。従って心の中に備わった仏の世界の扉を開放することによって誰でも仏になることが出来るというわけです。ではその扉を開くにはどうすればよいのでしょうか。日蓮聖人は、南無妙法蓮華経の御題目を一心に唱えることにより、それが出来るのだと説かれています。
更新日:2011/08/01
山の中にある当山は、自然の影響を強く受ける。
風、雷、雪の被害、と日々が自然との闘いである。
特に雨は油断できない。先日の豪雨は、全国各地に被害をもたらした。当山でも崖崩れなどが起きないかと気になったが、おかげで大過なくすんだ。良かった良かったと、感謝しながら境内を見回っていると、裏庭の池でちょっと気にかかる光景を眼にした。
大雨で水が満々と満ちている池の上に、木の枝が張り出している。そこにモリアオガエルの卵がぶら下がっている。この時期、雨上がりの池などに産卵が見られる。私たちにとって強敵の雨も、彼らにとっては天の恵みとなるのだろう。
ただ、この池は普段は水のない涸れ池なのである。大雨で満水になった池を見て、モリアオガエルとしては絶好の産卵場所だと思ったのだろう。しかし、水が引いてしまえば、卵からかえった小さな子どもたちは乾いた池の底に落ちていき、やがてはひからびてしまうことになる。豪雨が降らなければ池も満水にならず、間違ってもこんな所に産卵することはなかったろう。彼らも豪雨の被害を受けたわけだが、恵みの雨であるはずが、災いになったとは、全く皮肉な話だ。
見かねて、卵のついている枝を水のある場所へ移した。それにしても、ちょっと考えれば、雨がやめば水が引くことぐらい分かりそうなものではないか。なんと分別のないことか。
しかし、我が身に当てて考えたとき、仏さまから見た私たちは、まさにこのカエルたちと同じようにうつるのではないだろうか。少し考えれば分かるような失敗をしたり、同じ失敗を繰り返して後悔したり。そんな私たちを見放すことなく、優しく見守って下さるのが仏だ。大敵の豪雨も、時によって慈雨となり、なくてはならない生命の水を与えてくれるのだ。
雨の多いこの時期、外界の些事を離れて、心静かに、仏に生かされている自分をしっかり見つめてみるのも大切ではないだろうか。
更新日:2011/07/01
「お兄ちゃんばっかり仮面ライダーずるい。僕も仮面ライダーやりたい」「お兄ちゃんが仮面ライダーするんやからお前は怪人やれ」こんな言い合いをして兄弟ケンカしている写真が押入から見つかりました。懐かしく二人で大笑い。面白い事に性格は全く逆な私達。私はどちらかと言えば短気でカリカリしてしまう方ですが、弟は気長でひょうひょうとしています。
そんな私の性格を知ってか以前父親が「こころを鬼にすると菩薩さまが涙をこぼす」と言った事があります。どういう事でしょう。
日蓮聖人は『諸法実相鈔』という書物の中で「鳥と虫とは鳴けども涙落ちず、日蓮は泣かねども涙ひまなし」と記されています。
鳥や虫は縄張りを知らせたり、異性の気を引こうと生活の手段として鳴いています。それは悲しい訳ではなく涙腺も無いので涙が落ちる事はありません。
日蓮聖人はご自身を上行菩薩の生まれ変わりであると自覚されており、一切の衆生を救いたいと強く願っておられたのですが、当時は戦乱や天災が続き人々は苦悩の中で暮らしていました。それが日蓮聖人にとっての大きな悲しみであり、声に出して泣きはしないけれど慈悲の心によって涙を流されていたのです。
菩薩というのは悟りを求めて修行する者の事です。観音菩薩や地蔵菩薩などはよく知られていますが、これらの菩薩は悟りを開いた後もこの世にとどまり苦悩する人々を分け隔て無く救い続けておられます。そして日蓮聖人と同じように人々を救いきれない事を憂いて涙を流されるのです。
私たちもまた菩薩のように慈悲の心を持って、分け隔て無く人と接しなければならないのですが、菩薩にはほど遠い私たち凡人にはなかなかできるものではありません。しかし、頭にくるようなことがあった時はそのまま怒りをあらわにせず一瞬でもいいので菩薩の涙を思い出して下さい。きっとあなたも慈悲の心で人と接することができるはずです。
更新日:2011/07/01
先日、母が旅行にいって帰ってきた時のこと。お茶を飲みながら土産話を聞くともなしに聞いていたが、つまらなそうな顔をしていたのに気付いたのか、ふっと奥へ行くと勝ち誇ったような顔でお土産のお菓子を手にして戻ってきた。
なんでもこのお菓子は特別なお菓子で有名な品評会で金賞を取ったのだ、と言いながら包装を開けて机の上に広げた。箱の中を見ると、おまんじゅうが整然と並んでいた。金賞という言葉のせいか、それはどことなく優雅で品の良さそうな顔をしているような気がした。期待に胸をふくらませてそっと一口食べてみた。衝撃的な感動を期待した舌の上には、特別にどうと言うことはないただのおまんじゅうの味が広がった。
自分の舌にそんなに自信があるわけではないので、どこかにうんちくでも書かれていないかと先程はがした包装紙を改めて見てみると、金賞のメダルマークの下に少し小さい字で「某品評会で金賞を受賞した材料を使っています」と書いてあった。あまりにも堂々と金のメダルマークが付いていたので、てっきりそのお菓子が金賞を取ったのかと思っていたがどうやら違ったようだ。母もそれを見てちょっとがっかりしたようだった。劇的な感動は無かったが、普通においしいおまんじゅうだったのでそれはそれでおいしく頂いた。
材料が良くてもそれを正しく理解して使わないとその効果を完全に引き出せないということはよくある。仏教でも同じようなことが言える。例えば有難いお題目を毎日唱えているからといって、家のドアに鍵を掛けずとも泥棒が逃げだしたり、勉強をせずとも試験に受かったりすることはまずない。むしろ仏教を正しく信仰していれば、人に罪を作らさない為に鍵を掛けたり人のために役に立てるよう一生懸命勉強するのが本来の信仰の姿ではないか。
仏様やご守護神様は私たちを全力で助けて下さるが助けられる私たちがあやまった信仰にならないように注意したい。
更新日:2011/06/01
これから暑くなると必ず蚊に悩まされる夜がやってくる。実家での夕食時そんな話題になった。
その中、祖母が「昔は蚊帳を吊り、家族揃って寝たもんや」と蚊帳についての良さを語りだした。私も家族も昔話を聞く様に頷いてはいたが、時代錯誤だという雰囲気は流れていた。けれども負けるどころか更に熱く祖母の蚊帳の演説は続く。ついには私に、昔の物を一つ残してあるから持って帰りなさいとまで言われたが「吊る所がない」という理由でその日はなんとか終わった。
実際使った事もなく乗り気ではなかったのだが、気になって調べてみるとなかなか蚊帳も捨てた物ではない事がわかった。
今の世の中それぞれの部屋を閉め切りクーラーに電気式の蚊取り線香で快適に寝るのが当たり前。しかし蚊帳で寝ると電気も薬品も使わないためにエコロジーだ。しかも家族が寄り添って同じ蚊帳の下で寝る姿はなんとも微笑ましい。蚊の目線で見ても最近の殺虫剤や蚊取りは強力で、無差別な殺虫兵器としてうかつに近寄れない脅威であるに違いない。しかし蚊帳は蚊にとって血は吸えないが、命までは取られない。
考えてみればこれは仏教の不殺生の戒(いましめ)に通じるものがある。仏教徒にとってはとても大切な事で、無駄に生き物の命を奪ってはいけない、殺すなかれという仏様の教えだ。これは、自然と共に生きる私達が命を頂いて生きている事に気付き、命に対する尊厳と感謝と懺悔の心を育てる。まさにこの蚊帳は、人にも蚊にも安全で平和な環境を作り出す素晴らしい物であった。日本の文化や昔の人の知恵の中に仏様の教えが生きている事に改めて気付かされる。
今の日本は西洋の文化、欧米式の生活にどっぷり浸かり、どこか行き詰っているように感じる。殊に東日本大震災での原発事故によりこれからの私達の生活のあり方が問われている今、祖母のあの「蚊帳ノススメ」は蚊帳の外にしておけない話しかもしれない。
更新日:2011/06/01
端午の節句で思い出すのが「鯉のぼり」。この鯉のぼりをあげる作業は家族総出のイベントであった。倉庫から竿を出し、竿を組み立てのぼりをあげる。一見簡単に思えたが、なかなか作業は大変であったことを子供ながらに憶えている。
昔から疑問に思っていたのが、こどもの日(端午の節句)に「鯉のぼり」をなぜあげるのか?何か意味があるのだろうか?
もともと端午の節句とは中国を起源とし、奈良時代から続く古い行事であるという。もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日に、邪気を避け魔物を祓う薬草である菖蒲や蓬を軒にさした。しかし、当時は五月に限ったものではなかった。午(ご)=五(ご)の音が同じことから、毎月五日を指すようになり、やがて五月五日になった説もある。
やがて、時代が武家社会に移ると、菖蒲と尚武(武士を尊ぶ)とが結びつけられ、男児の立身出世・武運長久を祈る年中行事となった。これによって武士の家庭ではこの日に虫干しをかねて先祖伝来の鎧や兜を座敷に、玄関には旗指物(のぼり)を飾り、家長が子供達に訓示を述べたという。
一方、商人の家庭では、武士に対抗して豪華な武具の模造品を飾り、のぼりの代わりに五色の吹流しを飾るようになった。さらに、「竜門」の故事(中国の黄河で竜門という激流を登り切った鯉は竜となる伝説がある)にちなんで、吹流しに鯉の絵を描くようになり現在の魚型ののぼりに派生していったという。
武家であろうと、商人であろうと、のぼりには子供の出世と健やかな成長を願う親の気持ちが託されてることに違いはない。
私たちにとって、親であるお釈迦様は、子供である私たち衆生を覚りの世界へと導こうと常に手を差し伸べられているが、覚りの道は険しく平坦ではない。幾度の山を乗り越えなくては成仏へたどりつけない。
お釈迦様は、竜門を登る鯉のような私たちが、竜に成長することを期待し見守っていらっしゃるのである。
更新日:2011/05/01
三月十一日に起きた東日本大震災で被災された皆様が、一日も早く平穏な暮らしができますように、そしてお亡くなりになった方々のご冥福を日々お祈りしております。
地震直後からの買い占めが各地でおこり、その結果被災地に送るべき物資に影響が出たとの報道を見た時悲しみがこみ上げました。地震・大津波で家や職場や家族と大事な人や物を失った人々に物資が届かず、直接被害を受けていない人達が買い占めに走る。
私たちは物が無くなると思うと、必要以上に物を買ってしまいますが、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
私たちは物が無くなると思うから買い占めるのですがその明確な根拠は何もありません。今回も報道機関やメーカーが不足すると言ったわけではなく私たちが勝手に無くなると思いこんだのです。
蓄えるというのは、そこに欲があるからです。何か理由があっての欲はまだ良いのですが、今回のような思い込みで買い占めに走るのは異常な欲といえます。
このような異常な欲望を引き起こす一切の妄念を仏教では煩悩といい、あらゆる善根を流してしまうものと考えられています。一度この煩悩の激流に飲まれて
しまうと私たち凡夫はなす術がありません。今回の津波のように、逃げることも抗うこともできず、その欲のままに行動してしまうのです。
買い占めに走る人が途中で我れに返り理性を持って買うのをやめたという話は聞かず、むしろ他人を押しのけてまで買っていたような話を耳にします。これでは生きたまま餓鬼道に落ちているようなものです。
煩悩の激流に飲まれない為には、日頃から小欲を心がける必要があります。日蓮聖人は「あなたが、心から自分自身の安らぎを得たいと思うならば、何よりもまず、社会全体が平和になるよう祈るべきである」とおっしゃっています。それを心がければ私たちの欲は自然と減るはずです。
更新日:2011/05/01
この度の東北地方太平洋沖地震にて被害を受けられた皆様方に、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早く穏やかな生活が取り戻せますことをお祈り申し上げます。
人生には楽しいこともあれば、辛く悲しいこともあるとは、昔から言われていることではありますが、この自分が、なぜこんな目に遭わなくてはならないのかという思いは、決して消えるものではありません。
学校の試験なら、努力すればしただけの成果を上げることができます。しかしたとえば明日の天気など、自分の力ではどうしようもありません。では、いくら努力してもどうにもならないということに対して、私たちはただ為すすべもなく全てを受け入れるほかないのでしょうか。
仏の教えに、「四諦」があります。「諦」はあきらめるのではなく、明らかにするという意味です。苦・集・滅・道という四つに分けて物事を見つめ対処しようというのです。その1、苦しいと言うだけではなくその現状をしっかり把握すること。2に原因を探る。3にどうすれば解決できるかを考える。そして4、その方策を実行すること。
各地の被災地の様子を報道で目にするにつけ、何か手伝えればと考えるのが、誰もの思いです。しかしどうすればいいのか、中々先が見えない状況です。慌てたり、悲観するより、まず現状の正確な把握とそれに基づく冷静な判断、そしてそれを伝え実行する力が大切だというのです。
私たち人間は自然の強大さに比べれば、あまりにもひ弱な存在です。しかしながら、人間は文字通り人の間に生きるのであり、仲間と共に生きる存在です。独りの力は微少でも、互いに助け合い、励まし合っていくことのできる同胞が、私たちにはいるのです。国全体が心を一つにして立ち向かっていけば、必ずや危機を脱し困難を乗り越えていくことができると確信しています。被災地の方々と共に、粘り強く歩みを進めていきたいと願っています。
更新日:2011/04/01
三月十一日に起きた東北関東大震災は未曾有の大災害であった。
この地震で被害を受けられた皆様の一日も早い復旧と身心の回復、そしてお亡くなりになられた方々の、御冥福をお祈りする毎日だ。
千年に一度の規模とも云われている今回の地震は、地震そのものの被害もさることながら、それによって引き起こされた大津波の破壊力が凄まじかった。
被災地の住民は防災意識も高く、防波堤等を築いていたが、想定外の自然の力の前にはなすすべもなかったのかもしれない。車や家が簡単に流され、全ての物を飲み込んだ津波が引いた後にはそこに街があったとは思えない、恐ろしい惨状だけが残った。
避難所で避難されている方も非常に大変な日々を送られている事だろう。被災直後など食料や、物資の不足、特にお年寄や病気の方の薬、乳幼児のミルク、おしめ等の不足は深刻な問題だ。また、長期間の避難になればストレスで体調を壊す人も増えてくるだろう。
この様に書き記すだけでも本当に心が痛み、何も出来ない自分がはがゆく、悔しい。
しかし、こんな時こそ被災地での多くの人達の助け合い、励まし合いを見ると心が少し落ち着く。家族や知人だけではない、全国の多くの人達は何とかしたい、
力になりたい、という思いを持っており、それが復旧への大きな力となる。日蓮聖人は「異体同心事」で「百人千人なれども一つ心なれば必ず事を成ず」と仰っている。出来る事を出来るだけでいい、何とかしたいという、みんなの心が一つとなれば必ず被災地は蘇るだろう。
そして多くの人に御題目を唱へ、祈ってほしい。人の為に何かしたい、力になりたいという願いが祈りとなるからだ。そしてその願いがあれば、やがてそれは実行力となる。これは災害時だけではない。普段からその願いを持ち、人と接する事が出来れば世の中はさらにより良い社会になっていくはずである。
更新日:2011/04/01
去年の夏は猛暑が続き、暑さで頭もぼーっとしてさんざんだったが、その反動が来たかのように今年の冬は寒い日が続く。大阪府下でも特に能勢地方は寒いことで有名で、今年などは日中でも零度を超えない日が多かった。昨今の温暖化がうそのような冷え込みである。そんな寒い日が続くと水道の水も凍って出なくなる事が多く、前の晩からちょろちょろと水を出しっぱなしにしてなんとか凍結を防いでいる。
そんなある日、いつも通り朝勤を終え一段落したのち、部屋に戻ってトイレに入った。用を足しておもむろに水を流すボタンを押すがウンともスンとも言わない。何度かボタンを押したりコンセントを確認したりするがトイレが壊れた様子もない。試しに隣にある洗面台の蛇口をひねるがここも水が出ない。朝起きた時は問題なく使えたのになぜ水が出ないのか。半分パニックになりながら朝からの行動を思い返す。朝起きた時はトイレの水も流れており何も問題なかった。その後、たしか顔を洗って、水を、止めた。
信じられないことに、私が水を止めてわずか一時間ちょっとの間に凍りついてしまったのだ。夜の間さえ凍らなければ大丈夫と高をくくっていたので不意を突かれてショックも大きい。
その後、流れないトイレの配管にお湯をかけたりトイレの中で暖房を付けたりして、数時間かかってなんとか流すことができた。なにも考えずに止めた水でまさかこんなことになるとは思わなかった。
トイレに限らず、自分だけは大丈夫と油断することはよくある。大阪府内でこんな経験をする人は少ないだろうが、誰もが必ず経験するにも関わらずほとんどの人が自分だけは大丈夫と思っていることがある。それが死ではないか。
日蓮聖人も「先臨終の事を習て後に他事を習べし」とおっしゃっている。まだまだ先と思わず、よい臨終を迎えるにはどうすればいいのか、よりよく生きるために考えていきたい。
更新日:2011/03/01
最近、テレビをつけても雑誌を開いても、ダイエットという文字が躍っています。流行りのように誰もかれもがダイエットに取り組んでいます。かくいう私も最近お腹周りが気になってきました。
ダイエットというと一番に思いつくのはカロリー制限。食事の量を減らしたり肉や脂ものを控え、野菜中心の食事に変えたりして痩せようとするのですが、とにかくお腹が空いて辛いものです。辛さが我慢できずまたリバウンドしてしまった、などという話はよく聞きます。
辛いのですが私もカロリー制限しようと思い、食について色々と調べていましたら、その過程で驚くようなデータを見つけてしまいました。
農林水産省が食品の廃棄物について取りまとめたデータなのですが、それを見ると平成十八年度で年間一一三五万トンとなっています。食品加工場やレストラン、スーパーなどの小売店、さらに家庭からの食べ残しなどをまとめると、とてつもない量の食べ物を私たちは捨てているのです。
街には飲食店が溢れ、スーパーには山のように食材が積まれています。しかし現代人は摂取カロリー量が徐々に減る傾向にあるそうで、これから益々廃棄される量は増えていくだろうと予想されています。
日蓮宗では食前の作法として食法(じきほう)をお唱えします。その中の一節に「たとえ一滴の水、一粒の米も功徳と辛苦によらざることなし」とあります。
私たちが生きていられるのは食材の命を頂いているからであり、またそれを汗水たらして育んだ人がいるからであり、天地の恵みと仏の大慈悲があるからなのです。
食は単なる物ではなく、私たちの命を輝かす財宝のようなものではないでしょうか。
食事の前に手を合わせ「いただきます」と言うのは何故なのか、みんながちゃんと理解できれば必ず捨てられる食べ物は減っていく、そう確信いたします。
更新日:2011/03/01
私たちの一日を三等分してみると、睡眠が八時間、仕事等の労働が八時間、残りの八時間を趣味や娯楽にあてるのが理想とされる。
睡眠は肉体を維持するためにも不可欠なもの。統計的には七時間以上、八時間未満の場合に平均余命が最も長くなるそうである。ところが最近、日本人の平均睡眠時間が七時間を切り世界で最短であるという調査結果も出たという。また、衣・食・住の生活を経済面から支えるために労働は必要なものである。
昨年十二月に(株)クラレが「現代家庭の情報生活」に関する調査結果を発表した。それによると自宅にいる時に長時間見ているものを選んだら、夫はテレビ、妻はパソコン、家族の顔は3~4番目。また主婦は平均して一日約三時間ほどテレビを視聴している。パソコンは二時間、携帯電話は三十分、合計すると一日で約五時間半に達している。一方、新聞・雑誌・本を合わせても、時間は三十分足らずという結果も。
テレビ・パソコン・携帯というディスプレイ生活の増加が睡眠や労働時間を圧迫し始めている。これ以上増加すれば、社会的な問題になりかねない。本来、人生の糧となる時間がただなんとなく費やされている。
「人として生まれてくることは難しく、爪の上の土のように極めて稀なこと。また人の命は、はかなく、草の上の露のように保ち難い。ただ漠然と百年以上長生きし、名を腐らせて死ぬよりは、仏法のためによき信者として、世の中のために、人々に称讃される一日の生活をおくることこそが大切である。(『崇峻天皇御書』)」
これは日蓮大聖人が私たちに教示されているお言葉である。人間として生まれてこれたのは前世から願ってきた結果である。ならばその仏法のご恩に答えるためにも仏の子として一日一日を精一杯生きて世の中に貢献できることが人間として大切なことだと。
人生の三分一をいかに活用するかがその人の価値を高めることでもある。
更新日:2011/02/01
先日ついにデビューしました。といっても公園デビューの話です。
幼い子を持つ新米ママが初めて子供を連れて公園に行くと、その公園の主(ぬし)となっているママ達に新参者として扱われてしまう。と噂されている公園デビューです。
それは出先の公園での出来事でした。車を運転中に大きな公園を見つけた私は二歳の息子の手を引き公園に入りました。すると、多くの子供達が遊んでいる中で、おしゃべりをしていた数人のママ達が一斉に私を凝視したのです。
話を続けながらも常にこちらを観察し、値踏みされているかの様な、なんとも居づらい雰囲気です。例えるなら、旅先で常連さんばかりいる小さな居酒屋に入った様な感じでしょうか。
いつも行く貸し切り状態の様な近所の公園に慣れていた私は、砂遊びをしている息子に「もう帰ろうか」と言い、そそくさと退散してしまいました。
後から考えると公園のママ達も悪気はないのでしょうが、自分達が慣れ親しんだ所に突然来た見慣れない者に対し、違和感、不信感を覚えた様に思います。
考えれば、私達は感じ方、考え方、行動までも一度一つのことに慣れると、新たな出来事、新たな考えを取り入れるのに抵抗を感じることがよくあります。
それは、無意識のうちにも「自分の行動、考え方が正しいのだ」という思いがあるからではないでしょうか。「正しいのは私」という思いがあると、最初から人に対して壁を作り、その人の行動、意見が素直に取り入れられなくなります。
法華経のお自我偈には、「心が穏やかで素直な者は仏様のお姿を見、説法が聞くことができる」と説かれています。逆に言えば、自分が正しいという我執で壁を作っていれば、仏様のお姿も、お話も心に届かないという事になります。
人の意見を聞く耳を持ちそれを取り入れられる素直な心を持つ。そんな心に成っていけば、ほんの少しのきっかけで新しい自分を発見できるかもしれません。
更新日:2011/02/01
新年明けましておめでとうございます。
ふり返れば昨年は、暗いニュースや衝撃的な出来事がたくさんありました。今年こそは明るく希望に満ちた年になって欲しいというのが、だれもの願いでありましょう。
これは今に始まったことではありません。いつの時代も世の中明るいことばかりではなかったということなのでしょうが、古くから除災得幸のご祈祷というのがあります。災いを除き幸いを得る。一言でいえば開運のことです。「開運」の守護神といえば妙見大菩薩さまですが、今でも私たちは年の始めや月の始めなど、節目を迎えると、大過なくよい年(あるいは月)になりますようにと祈ります。
ところで中国の古典『史記』に、「古(いにしえ)の、よく事を制するものは禍(わざわい)を転じて福となし、敗によって功を為す」とあります。よき人生を勝ち得た人は、わざわいを福となし、失敗から成功を導いた人なのだというのですが、ここから「わざわいを転じて福と為す」という言葉が使われるようになったといいます。
ただ、私たちがこの言葉を使うとき、何か思いがけない逆転があったときに使うことがよくあります。小石につまずいて転んだところが、たまたま落ちていた十円玉を拾ったときなど、「禍が転じて福となった」などと喜びます。これは偶然の作用を期待するものです。しかしこの言葉の本来の意味は、自分の意志と努力によって不幸を幸福に変えることをいうのです。したがってただ単に「福となった」のではなく、自分自身が「福にする」ということなのです。
日蓮聖人は「福とする」ための要素として、意志と努力に加えて、信仰によるご守護を説いておいでになります。またその信仰は、他人任せでは決して成就するものではありません。自身の心によって為すものです。私たち自身の信仰の力によって「禍を福」と為し、新たな年を素晴らしいものにしていきましょう!
更新日:2011/01/01
人の睡眠には、眠っているがかすかに意識のある状態のレム睡眠と、意識が活動していないノンレム睡眠の二種類があり、夢を見るのは、ほとんどがレム期で、この時の脳波は覚醒時とほぼ同じ波形です。つまり身体は眠ってはいるが脳は眠っていない、かすかだが意識のある睡眠時に夢を見ているのです。
最近では夢はもっぱら心理学や精神分析の専門とするところとなっています。睡眠中に記憶が固定化され夢となって現れると説明されていますが、脳の研究は緒についたばかりでその解明は全体の百億分の一に満たないとも言われており、その全体像はまだ闇の中です。
また、夢には過去の記憶の再生だけではない、神秘的で不思議な側面があるように思えます。
火事の夢を見て一所懸命火を消しているつもりが、下半身が冷たくなって目を覚ますと、寝床が大変なことになっていたという苦い経験をされた方も多いことでしょう。成長期に高所から落下する夢を見ると、背が高くなるといわれて、一年に十センチ以上身長が伸びたことがありました。いずれも子供から大人へと成長していく過程での身体的な変化を夢が予知的に知らせてくれていたのかもしれません。
夢の内容で吉凶を占うことは今でも盛んに行われています。年が明けてはじめて見る初夢は、昔から「一富士、二鷹、三なすび」が縁起が良いといわれています。江戸時代の諺で、「一年を無事(富士)に過ごし、高(鷹)く上り、事を成す(なすび)」という掛け言葉説や、徳川家康の好物を並べたという説など諸説があります。皆さんはこの縁起の良い夢を御覧になったことがありますか。
お釈迦様に関する伝説にも、母の摩耶夫人は白象が胎内に入るのを夢にみて、お釈迦様を懐妊したと伝えられています。同じように中国や日本の高僧の誕生にも霊夢に関する伝説が多くみられます。
本年も、よい夢が見られる一年でありますように。
更新日:2011/01/01