会報「妙乃見山」

過去の法話

平成22年12月

鍋(なべ) / 日 慧

風の吹く中、夕陽までが忙しそうに沈んでいく年の瀬のこの頃。温かい鍋ほど、心休まるものはない。

 豆腐に野菜の残り物などあり合わせの食材を放り込んだだけでもいい。一日の仕事を終え、気の置けない人たちと鍋を囲む時。ほっとする瞬間だ。

 鍋で思い出すのは、学生時代下宿で自炊していた友人のことだ。たいした料理もできないので、思う存分一人ですき焼きを食べてやろうとしたそうだ。あの頃すき焼きは贅沢なものだった。それを存分に食べて、大変満足したという。次の日も他にメニューが浮かばず、またすき焼きにしたという。これが四・五日続いた。やがて彼はすき焼きを見るのも嫌になり、まったく食べる気がしなくなってしまった。日が経って、もう飽きも治まっただろうと思っても、いざ食べる段になると前ほど美味しくなくなってしまったという。

 さて、夏休みに家へ戻ったときのこと。そんなこととは知らない母親は、帰ってきた息子のためにすき焼きを用意してくれた。 「さあさあ、あんたの大好きなすき焼きですよ」

 その言葉だけで食欲をなくしてしまったが、せっかくの母親の気持ちだ。気が進まないながらも彼は箸を取った。彼を入れて兄弟三人、それに両親の五人で一つの鍋を囲む。久方に帰ってきた彼を交えて話も弾むが、兄弟は競争のように箸を動かす。いつの間にか彼も夢中になっていた。

 彼はその後、下宿に戻ってまた一人となってから、すき焼きを食べてみたそうだ。その時、家族みんなと一緒に食べたときのことを思い出しながら食べた。今度は一人でも、美味しく食べることができたという。

 法華経に「願わくはこの功徳をもって普く一切に及ぼし、我等と衆生と皆倶に仏道を成ぜん」とある。

 どんなに美味しいものでも、一人で食べるよりみんなと分かち合う方がずっと美味しい。自分だけがよければという風潮の昨今、分かち合うという生き方の大切さを考えたい。

更新日:2010/12/01

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蕎麦(ソバ)がいい / 詠裡庵

年も残すところわずかとなると、年越し蕎麦を思い浮かべます。除夜の鐘を遠くに聞きながら、暖かいこたつに入ってつるつるとすする蕎麦の味。

 何ともいいようのない、日本の原風景が、蕎麦とともにあるように感じます。

 一年をふり返り、来たるべき新年に向けての思いを新たにしながら過ごす大晦日。ただ、お寺の大晦日はそうのんびり過ごすこともできませんが、年越し蕎麦は新年を迎えるための大事な一コマとして、頭に浮かぶ人も多いことでしょう。

 私の郷里は蕎麦どころです。子供の頃は、さほど食べたいとも思わなかったのですが、近頃では実家に帰ると美味しい出雲蕎麦を食べさせてくれるお店を探して入ります。蕎麦の材料はソバの実です。お米が採れないようなやせた土地で育つので「蕎麦の自慢はお里が知れる」などという諺があるそうです。

 でも、香ばしく、つるつるとして喉ごしが良いことに加え、蕎麦のタンパク質はアミノ酸スコア九十二%とされ、必須アミノ酸を豊富に含んでいて、穀物として優秀な栄養価をもっている素晴らしい食品です。蕎麦はだれにも好まれて、来客時のご馳走の一品として作ってもてなしていたという人もいます。

 お米と同じ穀物ですが、やせた土地でも育ち、栄養価も高いというスーパーマンのような蕎麦は、それ故にか、北海道から九州まで日本全国で育てられ、食べられているのです。ただ、アレルギー物質を含んでおり、人によっては食べられない人もあるというのは、残念なことです。

 古くは晦日蕎麦(みそかそば)といい、月末に一月を無事終えたことを祝って蕎麦を食べました。これに対して月の初めの朔日(ついたち)には、赤飯を食べて新しい月を祝いました。

 一年の末の大晦日に食べる年越し蕎麦。美味しくて栄養価もあり、身体も温まります。まさに心も体も癒してくれる、仏さまのおソバにいるような気にさせてくれますね。

更新日:2010/12/01

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平成22年11月

手放したものの価値 / 植田観肇

し前の話になるが父からえらくくたびれた古い革製の巾着袋をもらった。部屋を整理したらでてきたらしい。私の曾祖父から父がもらったものだそうだ。

 ホコリをかぶったそれは見るからにボロボロで、長時間放置していたからか表面はカサカサになり触るとすぐに穴が空きそうに見えた。まともに使えるかどうかも怪しいしろものだったが、今となっては曾祖父の形見の品なのでとりあえずもらう事にした。

 見た目は酷かったが、汚れを丁寧に落とし、クリームを塗るとツヤが少しずつ戻ってきて、新品とはいかないまでもだいぶ見られるようになってきた。またよく見てみると材質などもかなりこだわったものであることが分かってきた。

 曾祖父はものを大切に使う人だったが、自分の気に入ったものでも気軽に人にあげる気さくな人でもあった。だが、あげたものを大事にしているか気になるらしく度々確認されるそうでもらった方は気軽に使いづらく、父も結局タンスの肥やしになったようだ。

 人にあげたりして何かを失うことでその価値を再認識するということはよくあるし、自分が大切にしていた物ならなおさらである。もらった方はたまらないが気持ちはよく分かる。

 お釈迦様もそんな人間の性に気付いておられ、私たちを救うためにその心理を利用したのだと説かれている。法華経の壽量品には、毒で本心を失い解毒剤を飲もうとしない子供に父が飲ますため、自分が死んだことにしてショックで子供を正気に戻し飲ませたというたとえ話がある。

 父である仏様は子供である私たちに法華経という薬を用意して下さったのに私たちがそれを飲もうとしないため、仏様は永遠の命があるにもかかわらず死を装ったのである。

 仏様はいつも私たちを見守り手をさしのべて下さっているが、それに甘んじることなく、いつもそのありがたさを確認し感謝し、しっかりとその手につかまっていなければならない。

更新日:2010/11/01

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キャッチボール / 森 慈徳

今暗いニュースが続く中、久々に感動を覚える出来事が有りました。

 それは、今年六月の小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還です。火星と木星との間にある小惑星イトカワへの七年・延べ六十億キロにも及ぶ探査の旅でした。途中故障や、行方不明になるなどアクシデントも数多く有りました。まさに満身創痍。しかし、地球誕生の謎を解く可能性を秘めた岩石を、微量ながらも抱えてやっと戻って来たのです。そして、大気圏に突入するや、それが入ったカプセルを地上に投げ落とすという最後の使命を果たし、自らは流れ星の如く燃え尽きていったのです。

 テレビに映し出された、あの光景に切なさと感動を覚えた人も大勢いたのではないでしょうか。たしかにはやぶさは、コンピューターでコントロールされており、人間のようには意志を持たない金属の固まりかも知れません。しかし、私はあの映像を見て、未知なる宇宙へのロマンと探求心をかきたてられました。と同時に、はやぶさが印した探査の航跡、それ自体が私たちに、今忘れかけている大切なことを思い出させてくれた気がします。

 それは何か。「橋は人に踏まれて人を渡す」という言葉があります。まさにはやぶさの如く、いかなる困難に遭遇しようとも決してあきらめず、自己の身を挺して他を生かす。それがすなわち自らの命を輝やかせる生き方になっていくのです。これこそが法華経が説く最も大切な教えである「菩薩行」の心に通じていくことなのです。

 日蓮大聖人も半生を振り返り「二十八年が間、また他事なし。ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんと励むばかりなり。これすなわち、母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり」と述べられております。人々の幸せを第一に願い、身を挺してお題目を弘められたご生涯でした。このお姿を私たちも今一度しっかりと心に刻み込み、日々精進して行こうではありませんか。

更新日:2010/11/01

平成22年10月

冬瓜 / 新實信導

「このカモリ美味しいから、食べなさいよ」と義母が夕御飯を食べながら言った。これを聞いた子どもたちは「カモリ?」「?…」

 『広辞苑』を開いてみると「かもうり【氈瓜】トウガ(冬瓜)の古称」とあるではないか。たぶんカモウリが訛ったのであろう。カモリ騒動の一幕であった。

 この冬瓜、正しくはトウガと読む。これが訛ってトウガンとなったという。また冬瓜は高温性の作物で、八~十月が収穫時期で、夏に採れても、冬を越えて貯蔵できることから冬瓜と呼ばれる。効用は、解熱、利尿促進、慢性便秘、毒消、疲労回復などがあるとか。

 ところで冬瓜といえば、幼いころ、私の通っていた小学校の行き帰りの途中の畑に冬瓜が積み重ねられ、段ボール箱のフタを裁断したものにマジックで「ご自由にお持ちください」と書かれているのをよく見かけた。冬瓜は実がなり出すとたくさん取れるから処分に困って書かれたものであろうと思っていた。

 とくに苦しめられたのは家の食事であった。朝食の味噌汁の具に冬瓜が、夕食には冬瓜の餡かけ、あるいは煮付けにされて食卓に並んだ。子供にとって、あの何とも言えない酸っぱい味とトロ~ッとした食感がイヤであったのを思い出す。しばらく冬瓜のオンパレードが続き、終いに冬瓜を見たくないほど、私にとっては恐怖の冬瓜であった。 今となっては、夏バテに冬瓜が身体に良く、一〇〇グラム中にビタミンC四一㎎、カリウム一七〇㎎、カルシウム一六㎎があるという。低カロリーで栄養が豊富でしかも長期保存が可能とうれしい限りである。

 「食物には三つの徳がある。一つには生命を保ち、二には容色を増し、三には力を蓄える。人に物を施せば我が身の助けとなる(食物三徳御書)」と日蓮大聖人は説示なされている。食物の有り難さ、これを自分だけではなく他人にも分け与えることにより、自身の功徳となるのだと。あの段ボール箱の文字が自慢げに思えたのであった。

更新日:2010/10/01

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キャッチボール / 森 慈徳

が大学生だった頃、友人と二人で和歌山市にある四季の郷公園という所に遊びに行ったときの話です。

 公園の広場で友人とフリスビーをした後で少し休憩していたところ、車椅子に乗った女の子が居ることに気づきました。私たちが、何となくその女の子を眺めていると、耳に補聴器をつけた難聴らしき男の子が、その女の子の傍に来て、どちらが誘うわけでもなく向き合ってボールを投げ始めました。

 まず、女の子が車椅子の上からポンとボールを投げました。女の子だということもあり、車椅子の上から投げたボールは力がなく、数メートル先まで転がるだけでした。そのコロコロと転がるボールを男の子は拾い上げると、数メートル離れた女の子のところまで走って手渡しに行くのです。そして、また元居た場所に戻ります。すると、もう一度女の子が投げました。また男の子は拾って手渡しに走るのです。それも二人ともニコニコと、とても楽しそうでした。その繰り返しを見ていた私たちは、ほほえましさで胸が一杯になりました。

 子供達はきっとお互いを思いやるという心の優しさに気づいていて、それがこのような行動となって現れたのではないでしょうか。

 このことは、私たちが仏様の子供であり、仏と成る種が備わっているという証拠に他ならないのではないかと、今更ながらに感じています。また、この二人の子供の光景は、お釈迦様が私に「仏と成る種」の存在を気づかせるために用意してくださったものだったのかもしれません。

 私たちは誰から教わるでもなく他人を思いやる美しい心を持っています。でもそれだけでは仏に成ることはできません。自らが仏様の子供であるという自覚を持ち、仏と成る種を育むという修行をしていかなくてはならないのです。例えば二人の子供がお互いを思いやり、心と心のキャッチボールをしたように。

 では皆さん、心のグローブとボールのご準備を。

更新日:2010/10/01

平成22年09月

変身 / 日 慧

じ生姜なのに、乾燥させると成分が変わり、味も良くなり、身体を温めるという効能も増したウルトラ生姜になる。NHKの「ためしてガッテン」の話です。

 乾燥させてカリカリにするだけで変身するとは、まったく驚きました。でも考えてみると、世の中、びっくりするような変身をするものはたくさんあります。昆虫などは幼虫と成虫ではかなり違います。

 中でも圧倒的なのは蝶です。気持ち悪いあのイモムシを見て、綺麗な羽を広げて空中を舞う様子はとても想像できません。

 これに比して、人間には変身は見られないように思われます。たしかに赤ちゃんの頃から、少しずつは変わっていきます。でも、ひと頃流行っていたウルトラマンや仮面ライダーのように、身体が突然大きくなるなどの変身は見られません。

 でも、人間にも変身はあります。「成(じよう)仏(ぶつ)」というのがそれだと私は思います。

 成仏というと、死んだ人に、「迷わず成仏してくれよ」などと、何となく死んでからの話だと思われがちですが、そうではありません。文字通りに言えば、「仏になる」ことが成仏。この世の真理に目覚め、悟りを得た人を仏と呼びます。ウルトラマンならぬ、ウルトラ人間とでも言ったらいいのでしょうか。いわば人間の究極の理想像と考えればよいのでしょうか。

 一般に「神仏(かみほとけ)」と並べて呼びますが、神とは、例えばキリスト教の神は、万物の創造主であり、当然人間も神によって作られたものです。従って神の気持ちにそぐわなければ、抹消されても人間としては文句も言えません。

 それに対して、仏とは人間の究極の理想像ですから、私たちも仏になることが出来るのです。仏のなさったご修行の功徳は全て妙法蓮華経の五字に具足しており、これを信じ行ずることにより、私たちも仏の功徳をいただき、成仏することが出来るとされます。お題目を身に口に心に行じ、仏=ウルトラ人間に変身することが出来るのです。

更新日:2010/09/01

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ありがとう / 服部憲厚

休み、家族でお参りに来られた子供に、たまたま木陰にいたクワガタを見せてあげました。今の子はクワガタぐらいでは喜ばないだろうと思っていたら、興味津々の様子。「持って帰って育ててあげて」と言うと、ニッコリ笑顔で「ありがとう」と言って、得意げに持って帰りました。

 思いのほか喜んでくれて、心からありがとうと言ってくれたことで私の心までが明るくなったようで、その子の素直さがとても尊いものに感じられました。

 人は当たり前の日々の中で、何か特別なことがあると有難いと思うものです。しかし特別なことでも、それを当たり前のことにしか感じないと、有り難さに気づかないこともあります。

 クワガタも私にしてみればこの時期いつも境内にいる当たり前のことですが、その子にとっては普段手にすることなどない特別なものです。有ることが難(かた)いので「有難い」です。中々体験できない、得難いことに対して、有難い、ありがとうと、感謝の気持ちが出てくるものなのです。

 ではそんな有難いことは滅多に体験できないのでしょうか。日蓮聖人は『日女御前御返事』に、「妙法の五字の光明(こうみょう)に照らされて、本有(ほんぬ)の尊形(そんぎょう)となる」と示されます。どんな人、どんな物事にも表面には見えない、その本来の姿があり、それはお題目の光に照らされた時、仏様のように光り輝くものとなって現れると説かれるのです。当たり前の日々の中に、何気ない出来事の中に、光り輝くすばらしいものが隠されているのです。

 私たちは何か特別なものを目指して求めがちです。しかし実は初めから尊く有難いものなのです。それに気づかせて頂けるのが、そして私たちの人生を光り輝かせて下さるのがお題目の光であり、功徳なのです。

 「ありがとう」と心から言ってくれたあの子が、私の心を明るくしたように、心の底から唱えるお題目が、きっと皆さんの心を明るく輝かせることでしょう。

更新日:2010/09/01

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平成22年08月

おいしい野菜の秘密 / 植田観肇

は野菜のおいしい季節だ。子供の頃は特に野菜がおいしいと思ったことは無かったように思うが、歳とともに味覚が変わってくるのか品種改良でおいしい野菜が増えてきたのか。

 先日、知り合いのおばあさんに頂いた野菜がとてもおいしかった。聞くと農薬を使わず有機農法で育てているという。

 有機農法とは化学肥料や化学合成農薬を使わず天然由来の肥料などを用いて、自然の仕組みに逆らわない農業を目指すものだ。

 農薬を使わないと虫を捕ったり雑草を抜いたりと通常の農薬を使った農法に比べてかなりの手間がかかるが、その分安心安全で都市部でも需要が高い。

 高齢で量産はできないが小さな畑で種類を多くし新しい野菜にもチャレンジしているそうだ。自分の作った野菜を必要としている人がいる。それが嬉しいのだという。農薬を使うことの是非は私にはよく分からないが、毎日手間暇をおしまず世話をし、大切に育てているのだから、これはおいしいはずである。

 また、有機農法は食べる人においしく優しいだけではない。そこに住む動植物や環境にも優しい。消費者や環境などの周りが幸せになることで、自分もまた生きる道を見つけて幸せになるという構図はまさに法華経の心ではないだろうか。

 日蓮聖人は立正安国論のなかで「一身の安堵を思わばまず四表の静謐を祈るべき」とおっしゃっている。 解釈によっては全体主義にとられかねない言葉だが個人が全体の為に滅私奉公するということではない。

 人はついつい自分の事だけに目が行きがちだが、自分一人だけの幸せを考えるのではなく、社会や周りの幸せも考え行動すれば、それは必ず回り回って自分に返ってきて、結果もっと幸せとなる。

 人は誰しもいろんな都合や事情があり生きている。思うようにならないこともあるかもしれないが、胸に手を当てて思い返した時、あなたのその行動はどうだろうか。

更新日:2010/08/01

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戻った時間 / 毛利観恭

方の祖母が亡くなり、この七月に一周忌法要が営まれました。あと一月で百三歳という大往生でした。

 祖母の葬儀に行き、何十年ぶりかで従弟と会ったのですが、嫌がられないか心配でした。従弟の父の会社に若い頃勤めていたのですが、期待に応えることが出来なかったからです。

 勤めて四年半の頃、叔父は余命わずかという重い病気になり、私も叔母と頑張りましたが、力及ばず退職してしまいました。当時まだ学生だった従弟とはその後一度も会うことなく、心残りに思っていたのです。

 祖母の葬儀のあと、従弟と話す機会を得ましたが、立派な社長になっており、その姿を見て何故かほっとしたことでした。従弟もまた私の僧衣姿を見て、「本当にお坊さんになったんやね」と微笑み話してくれました。お互い長い年月の話をし、気持ちがすっかりほぐれた思いになれました。

 今にして思えば、彼も心配してくれていたのでしょう。お互いに気遣い心配しながらも、ついに機会を得ることなく何十年も経ってしまったのです。しかしこうも考えられます。永い年月を過ごし、それぞれに人生経験を積んだからこそ良い再会が出来たのだと。

 考え方が違えば同じ事柄でもまったく違って受け止めます。考え方が良ければ悪いことも良い方に進むが、考え方が悪ければ良いことも悪い方に進みます。考え方はその人の経験の積み重ねからなり、経験の積み重ねは生きていく修行です。

 日蓮聖人は、『観心本尊抄』に「仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず、所化以て同体なり」と説かれます。お釈迦様は過去にも未来にもこの世で私たちを救うためにおられるから、私たちは前向きに考え生きることができるのだと思います。それでも現世にお釈迦様は肉体を持たないため、直接お会いできない私たちはどうしても迷います。こんな私たち全てを救うため世に出された最高の教えである法華経に出会えたことを幸せに思わないといけないのではないでしょうか

更新日:2010/08/01

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平成22年07月

道路 / 新實信導

美という熟語は中国になく日本で作られた当て字だそうだ。昔から日本人が美しさを護る心を養ってきた表れであろう。ところが最近、車を運転していると気づくことがある。赤信号で停車したとき、中央分離帯や路肩の植え込みを眺めると、空き缶やペットボトル等のゴミの多さに閉口する。また車道にスーパーの買物袋に入ったゴミが置かれているのを度々見かける。ときには、その袋が車に踏みつぶされ生ゴミが散乱していたこともあった。

 道路という漢字は、白川静氏は『漢字百話』に「道路は外部の世界に連なる、最も危険な場所であった。それでその要所に道祖神を祭り、道路の分かれめには岐(ふなど)の神、また境界にあたるところには塞(さえ)の神をおいた」と説く。また同氏の『常用字解』には「道路とは呪力によって祓い清められたみちをいう」とあり道路は神聖な場所と考えられていた。だから昔の人は家の前の道をきれいに掃き、打ち水をして清めてきたのである。

 それが近頃は道路がゴミ箱化している。これではエゴの塊で、この後ゴミがどのようになろうとも自分の知ったことではないという心の現れであろうか。

 例えばコンビニで弁当を買ったとする。この弁当には弁当を運んできた人がいる。さらには調理した人、材料の野菜や米を育てた人など。一つの弁当にもそこには多くの人の手が関わっている。私たちの生活の実状は見えない他からの多くのお陰を頂戴しているのである。

 そう考えたとき、簡単にゴミとして片付けられるだろうか。弁当を食べ終えた空箱を見たとき、ありがたいという感謝の念も生じよう。その恩に報い「敬う」心を持つことで人は人となれる。このことが大事だと仏様は私たちに教えられているのである。

 己の幸せを願うならば、まず恩を知って敬う心を持つことである。そして人々の幸せを祈るならば必ずや神々は降臨し、人生の道を開いて下さるに違いない。

更新日:2010/07/01

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親から子、子から親 / 植田観龍

による子供の虐待事件が後を絶ちません。何とも心が痛み憤りを感じずにはいられません。

 さて、私がそう感じるのには理由があります。

 先日のことですが、知人を通じてある男性と友達になりました。私と同い年という事で、しかも日蓮宗の檀家さんの家でお題目と共に育ったというのです。そんなこともありとても気が合い、いつしか仲良くなりました。

 その彼にお子さんができた時の事です。

 彼は私に「ぜひとも名付け親になってくれへんか」と頼んできました。そんな大それた事とは思いながらも「私で良ければぜひ」と快く引き受けたのです。彼も奥さんと我が子の将来に期待をふくらませながら色々な名前を考えていました。

 実に親というものは子供に対しては計り知れない思いを持つものです。もし子供がお腹が空いたと泣いているのに自分はお腹がいっぱいだからといってご飯をあげないことがあるでしょうか。親は何があっても必死になって子供を守ろうとするものです。虐待などもっての他のことです。

 「子にすぎたる財なし、子にすぎたる財なし。」

 これは日蓮聖人の『千日尼御返事』というお手紙の一説です。佐渡へ流罪になった日蓮聖人に対してお給仕していた千日尼とその夫である阿仏房。その阿仏房が死去した後、その子である藤九郎守綱が父の遺志を継いで熱心な法華経の行者となり、父の遺骨を首にかけ一千里の山を越え海を渡って身延山に登り納骨を済ませ、翌年にもう一度身延山に登って慈父の墓を拝みました。子ほどすばらしい財宝はありません。子よりも秀れた財宝はありません。と、千日尼に宛てたお手紙です。

 親に対する孝行の気持ちがもてる子。そしてそんな子に育てる親がたくさんいれば冒頭のような事件は起きないのではないでしょうか。

 子供はたから。そんな言葉と一緒に名前を考えようと思います。

更新日:2010/07/01

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平成22年06月

道場生とともに / 日 慧

蓮宗信行道場。宗門を背負って立つ教師=僧侶=になるには必ず通らなくてはならない修行の場だ。

 身延山に年に三回設けられており、それぞれ三十五日間を過ごす。この春、私はその現場で直接指導に当たる訓育主任に任ぜられ、道場生六十五人と寝食をともにした。

 荒行堂とは異なるが厳格な日課が定められており、午前四時の水行に始まり、午後九時の消灯で終わる。その間、仏祖三宝に仕えることを第一として、僧侶としての心構えから、座作進退の作法、読経唱題の行、そして教学の勉強と、幅広く僧侶としての基礎を一通り学ぶ。正座することも多いが、また奥之院や七面山への登詣など、足腰を使うことも多い。今まで二回この役に着いたが、すでに前回から九年が経っている。 鈍った今の身体でどこまでやっていけるのか。

 案の定、まず最初の食事で、これは大変だと気を引き締めた。五分間ほどで食べ終わる。九年の間にすっかり忘れていたことだ。ほとんど噛まずに飲み込まないと後れを取る。改めて我が身を通り過ぎていった歳月に思い至った。衰えを感じるということは決して楽しいものではない。

 しかし道場生の意気込みはすごい。大学を出たての人もいる。でも私より年長で、第二の人生を僧侶として社会に貢献しようという人もいるのである。そして彼らはまさに今この瞬間、僧侶としてのスタートラインで胸を打ち振るわせているのである。そこには四十年前の私の姿が見える。

 人の生命は永遠のものではない。日々に変化し衰えていくのは逆らうことの出来ない事実である。しかし変わらないものがそこにある。今も道場生を見守り、そしてまたこの私を見守って下さる仏の存在である。仏はいつも変わることなくこの私を見守って下さっているのである。これが仏の大慈悲の心というものである。有難いと思った。教え指導するべき私であるが、道場生とともに教えられていたのである。

更新日:2010/06/01

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友人の海外旅行 / 森 慈徳

の友人がコペンハーゲンへ旅行に行っていたのですが、その地名を聞き、「コペンハーゲンってどこにあるん?」が私の第一声でした。

 友人が、コペンハーゲンでバスに乗っていた時の話です。

 ある停留所でバスが止まり、眼の不自由な方と青年が降りて行ったそうです。しかし、二人が降りてもバスはドアを開けたまま動こうとせず、不思議に思っていたところ、さっきの青年が戻ってきて、元の席に座ると、運転手さんがドアを閉めバスが動き出したというのです。

 友人はこの光景を見たとき、衝撃を受けたと言っていました。

 この国では必ず、体の不自由な人が降りる時には、身近に居る一番若い客が付き添って安全に降ろし、当たり前のようにバスは付き添っていった客を待つというのです。

 日本では「知らない人と話してはいけない」など、見ず知らずの人を警戒し、疑って見てしまうことが一般化しているように感じます。しかし私たちは、コペンハーゲンのように人と人が信頼し助け合う世の中を目指していかなければなりません。

 お釈迦様は、すべての人に対し思いやりを持ち、常に人々の幸福を願っておられました。つまり、どの様な者にも慈悲の心をお持ちになられていたのです。また、日蓮聖人は立正安国論の中で「あなたが心から自分自身の安らぎを得たいと思うならば、何よりもまず社会全体が平和になるように祈るべきだ」と述べられています。

 自分自身だけの内面的で個人的な安らぎのみを求めるのではなく、社会全体の平安を成し遂げてゆく生き方と行動を通して、初めて個人の安らぎや幸せも約束されるのです。

 ですから私たちは、お釈迦様のように慈しみの心を持ち、一人でも多くの人に仏様の教えを広めることによって、安穏な社会を確立し、個人の幸せと安らぎ得ることが出来るのです。

更新日:2010/06/01

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平成22年05月

最高の教育 / 植田観肇

歳になりいろんな事が少しずつ自分で出来るようになってきたばかりの子供がまだ何も分からない一歳に満たない子供に向かって何かを教えている。

 影からそっとのぞいてみると、どうやら積み木の積み方を教えているようだ。上の子は積み木を積み上げることが面白いのでどんどん積み上げていくのだが、下の子は何が面白いのかさっぱり分からない様子で、最初はきょとんと見ていたが、結局積み木をぐちゃぐちゃにすると興味を無くして別のオモチャの所へ行ってしまった。

 上の子は、せっかく教えてあげた積み木遊びに興味を持たれなかっただけでなく、自分が積み上げた積み木も崩され、なんともやるせない表情をしていた。

 上の子にしてみれば楽しい遊びも、下の子は何が楽しいのか理解できないし、よく分からないことを強制されてかえって迷惑といった所かもしれない。

 私も学生時代を思い起こせば、一体何の役に立つんだろうと思いながら受ける授業は非常に苦痛で内容を理解するのも一苦労だが、興味を持っていることや具体的で役に立ちそうな話を聞いている時は楽しい上に話の吸収も早い。

 日蓮聖人は人にものを教えるとは「車が重くて動かない時には油をぬれば回転することを教え、水の彼方へ渡る時には船を浮かべれば容易に行けることを教えるといった具合に、具体的で明瞭な指導をする事である」(上野殿御返事)とおっしゃっている。

 具体的な指導をしようと思うと、相手がどういうことに興味があって何がしたいのかしっかりと見守らなければならない。難しいかもしれないが、こうした積み重ねが、知識や体験をさらに深く広くしていく。

 子供同士のやりとりを見ながら、自分も独りよがりな押しつけをしているのではないかと少し反省した。

 とはいっても長い人生、興味が無くてもいずれ役に立つこともある。ただ、興味の芽を摘むような事はしないようにしたい。

更新日:2010/05/01

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発想の転換 / 辻田教融

日自坊にて御守護神祭があった。野外での法要にも関わらず、その日は朝から生憎の雨。

 幸い法要開始直前に雨は止んだが、木の枝葉から雫がポタリポタリと。

 それにも関わらず、ご信者さんたちは傘も差さずに参列されていた。 「濡れますから傘を差してくださって結構ですよ」

 そう案内するのだが、ご信者さんたちは「これもご修行ですから」と、濡れるのも構わず最後まで参列されていた。

 私はそんなご信者さんたちに法華経を教えられた。

 法華経をよく信心し、身をもって読んでいる人にとっては、苦しいことであっても「これもご修行」と発想の転換が出来る。ただ苦しいだけではなく、そこには法華経を修行している歓びが加わるのである。

 法華経第十三勧持品には「濁劫悪世の中には多く諸々の恐怖あらん」と説かれている。また「我ら広く説くに、諸々の無智の人の悪口罵詈など及び刀杖を加うる者のあらん」とも説かれている。法華経の修行をする時には、必ず苦しいことや辛いことが起こるということが示されている。

 また、皆さんもよく読まれる宝塔偈には、法華経の修行は難しいが、それでもなお修行する人は無上の仏道を得、善の地に住して一切の天人が供養すると説かれている。

 日蓮聖人は開目抄の最後に「日蓮が流罪は今生の小苦なればなげかしからず。後生には大楽をうくべければ大いに悦ばし」と書かれている。修行をしているからこその苦しみであり、ゆえに将来の成仏が約束される。だからこそ苦しみが歓びに変わるのである。

 辛いことや苦しいことが続くと、どうして私だけがと落ち込んでしまうし、自分が苦しいことを他人のせいにしてしまったりすることは誰にでもあると思うがそれよりも苦しみを「ご修行」と捉えて歓びにし、より一層の信心に励む。そのほうがよりいきいきとした生き方ができるのではないだろうか。

更新日:2010/05/01

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平成22年04月

いのちとは? / 新實信導

日、久しぶりに実家へ帰った。その時の出来事である。母親の日課の一つに毎朝、空き瓶を持って近所の牛舎まで生乳を分けてもらいに行くことがある。

 私も出かける用事があって生乳をもらいに行く母親に同行した。牧場に着くと道路の左手に牛舎があり、右手には畑があった。その畑の手前に大きな緑色のプラスチックカプセルが二台置いてある。このカプセルには通気口のようなものが両脇に開いており、正面には窓らしきものがあった。

 その小窓を開けてビックリ、なんとその中に一頭の牛がいるではないか。

 牧場の方に理由を聞いてさらに驚いた。牛乳を得るために雌牛を飼育しているが、そのために雄牛も生まれる。雄牛は成長すると食肉用として運ばれていくのである。通常、牛は何頭もまとめて飼育するが、この状態で連れて行くと牛が興奮するのか、非常に嫌がって運ぶのが困難であるため事前に他の牛と隔離するそうである。すると、牛も観念してか、すんなりと車に乗ってくれるという。

 私たちの食として身近な牛乳と牛肉であるが、食品になる前の生乳と牛を見たとき、なんとも言えぬやり切れなさを感じた。私たちは他の生命と引き替えに、自分の生命があるのだと考えさせられたのである。

 日蓮大聖人は「稲の種は生長して苗となる。その苗は稲草に育ち、やがて稲草は米を実らせる。その米で私たち人間は生命を長らえることができ、そして仏と成ることができるのだ(王日殿御返事)」と教示されている。

 私たちは毎日、稲の実であるお米の命を頂戴している。さらに数多くの命をいただいて、自己の生命を長らえている。改めて命の尊さ、大切さを噛みしめるとき、その命の恩恵に感謝し自らが仏と成ることでその恩に報いることができることに気づく。仏になるためには、感謝の念を持って、法華経を規範とし、自分にできることを見いだし、日々の生活に生かしていくことが大切だといえよう。

更新日:2010/04/01

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新生活 / 宮本観靖

月になり、随分と春らしい陽気になってまいりました。この季節は年度替りということで入学、入社など新生活をスタートさせる人も多い事でしょう。新たな気持ちになるこの季節にはぴったりです。

 新生活といえば、実家を出て一人暮らしを始める方もいると思います。一人暮らしを始める時は、嬉しさや希望といった何かワクワクした気分になるものです。

 先日新聞に、一人暮らしを始めた人のアンケートが載っていました。それによると一人暮しの良い所は、自分一人の自由な時間が持てること。反対に悪い所は、自炊等の家事が面倒という事だそうです。

 私も大学に入学した時、一人暮らしにあこがれ、実家から通える距離にもかかわらず、安いアパートを探して住み始めました。五畳一間で風呂なし、トイレと台所は共同で、家賃は一万五千円ほどでした。狭い所でしたが、自分の自由な空間を持てた事がとても嬉しかった事を覚えています。

 両親には事後報告で、気が向いた時だけ帰るなど、今から考えると随分と勝手な事をしていたなぁと思います。しかしそんな勝手気ままな私に、両親は小言も言わず温かく見守っていてくれていました。それは相変わらず迷惑をかけ続けている今でも変わりません。

 自分も人の親となり思うことですが、親とは絶えず子供を心配し、見守っているものなのだなと感じます。

 私達が信仰する仏様も同じ様に私達を見守っていてくれています。「法華経」の提婆達多品には「衆生を慈念すること猶お赤子の如し」とのお言葉があります。仏様は全ての人の苦しみを救おうと、母親が赤子を慈しむ様な心で絶えず見守っていてくれているのです。

 親と同じ様に見守っていてくれている仏様。その仏様を始め、家族等多くの方々の温かな思いを心に止め、その思いに答えられる様に成長したいものです。

 新生活には不安は付き物ですが、仏様や皆の温かな思いがそれを吹き飛ばしてくれることでしょう。

更新日:2010/04/01

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平成22年03月

人の間に生きる / 日 慧

阪のオバチャンはいつも飴を持っている。

 そんな話をテレビで聞いた。「本当かな?」「何で飴なんか持っているんだろう?」

 家では誰もそんな習慣がないので、大笑いしたものである。でも、その後これもたしなみのうちなのだと納得することになった。

 コンサートを聴きに行った時のことだ。空気が乾燥していることもあって、咽がいがらっぽくなり、とうとう我慢できずに咳き込み始めた。ハンカチを口に当てて、何とか音が漏れないように努力するのだが、中途半端に咳をするものだから、それが引き金になって更に強い咳が出る。満場が静まりかえったホールでの咳は、聴衆にとっても演奏者にとっても迷惑この上ない。冷や汗が出る思いで、これは外へ出るしかないかと考えた時、後ろの席から飴を乗せた手が突き出された。思わずつまみとって口へ入れたら、嘘のように楽になった。黙って後ろへ頭を下げた。

 飴をもらった時、二つの意味で私はうれしかった。一つは咳がつらいことでしょうという思いやり。そして今ひとつは、席を立とうとした私の心に対する思いやりである。「あなたが大変な思いでいることは私にもよく解る。あなたのせいではなく、咳がいけないだけですよ。」そんな思いが感じられ、申し訳なさが随分楽になったのである。

 人は一人きりで生きているのではない。人と人との間に居場所があり、人とともに生きているのである。だから「人間」という。相身互いというが、助け合い励まし合ってこそ、人間として生きることができるのである。これが「智慧」というものであり、仏が説く教えも実はここに根本がある。それを忘れては、人間とは言えないし、仏への道も閉ざされてしまう。

 助け合い、他のために手を差し伸べるという行為は人の本性ともいうべきものだが、それを忘れつつあるのが現代社会だ。このすばらしい宝物は、何としても伝え残さねばならない。

更新日:2010/03/01

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サクラサク / 末田真啓

「暑さ寒さも彼岸まで」の諺のように、厳しい冬の寒さから抜け出して、ようやく陽射しにも春を感じられるようになってくると、国民的行事とも云えるお花見を楽しみに待っている方も多いことでしょう。

 民間の気象会社から発表された情報によると、今年の近畿地方の桜の開花予想日は、例年の三月三十日よりすこし早くなる見込みだそうです。

 満開の桜は、老若男女を問わず、多くの人々を幸せな気分にしてくれます。なかでも、一日も早く桜が咲くのを祈るような気持ちで待っているのが、受験生とその家族でしょう。

 入学試験の合否通知は、かつてほとんどが郵便を利用されていましたが、最も速く簡潔にしかも安価に、試験の結果を知らせることができたのは電報でした。有名な「サクラサク」の短い文章で合格を知らせることはS31年にW大学から始まったといわれています。以後、本人に代わって試験結果を確認した上で、合否を連絡するいわば電報代行業は、大学の運動部やサークルの活動の資金を稼ぐ学生の手近なアルバイトとなりました。合格発表の当日に会場に来ることのできない地方の受験生にとって、まさに頼りになるのは「近くの親戚より遠くの他人」というところでしょうか。

 試験当日の緊張した空気とは裏腹に、にわか仕立ての電報屋の「合格電報はいかがですか!」「ウナ電(至急電報)○○円!」「日本一速い合格電報!」と、いった元気のいい勧誘の声が騒がしいぐらい、まるで文化祭に模擬店でも出しているような賑わいでした。試験直前のワラをもつかむ心境の受験生は「合格電報」の響きに引き寄せられるように、にわか電報屋は繁盛していました。果たして、試験の結果は悲喜こもごも、すべての受験生に「サクラサク」の合格電報を送ることができなかったことは言うまでもありません。「サクラサク」の幸福な電報が、今も日本中を駆け巡っているといいのですが…。

更新日:2010/03/01

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平成22年02月

ご縁 / 新實信導

「これ、両替できますか」と、千円札を出された。

「百円玉、十枚でいいですか」と尋ねたら、

「五円玉を入れてもらえたら有り難いんだけど…」

「五円玉ねぇ、申し訳ないけど十円玉しかないんですが、それでいいですか」

「五円玉、無いんですか」と、残念そうな顔。

 隣で受付していたNさんが見かねて言った。

「わたしの財布に小銭があるからそれでよかったら両替してあげましょう」

 ポケットから財布を取り出し、数枚の五円玉を探し出して両替を終えた。

 今年の妙見山での初詣の出来事だ。二十歳前後の青年たち四、五人のグループだったが、五円玉を手にして、満足そうに開運殿(妙見様本殿)にお詣りして行かれた。

 どなたでも、お参りにきた以上は神様や仏様とのご縁に触れたいと願う。少しでもご縁やご利益にあやかろうと願うのは誰もの思いで、「五円」は「ご縁」に通ずるとして縁起を担ぐ。

 このように初詣もそうであるが事の節目に私たちは神仏のご加護を信じ、幸せになるご縁を得ようとして神社やお寺にお参りする。

 そんな私たちを、果たして仏様はどのようにご覧になり、縁をどのように受け止めて下さるのだろうか。

 「仏は種種の縁、譬喩をもって巧みに言説したもうに、その心の安きこと海の如く、われは聞きて擬網を断ぜり」(譬喩品第三)

 仏様は数えきれないほどの手段をもって、私たちを仏の悟りへと導こうとされている。しかもそのお心の安らかなことはまるで広大な大海のようであり、教えを聞く者は疑いの心が晴れるというのである。

 そんな仏様とのご縁を戴くことは大事だ。仏様はいつもあの手この手と様々な手だてを駆使され、私たちを仏の世界へと導こうとされている。法華経には今、この時この場に於いても、私たちを救護しようとされる仏様のお心持ちが説示されている。そのことを知り、仏様とのご縁を結ぶことが大切なのである。

更新日:2010/02/01

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仏様の願い / 服部憲厚

月三日は節分です。節分が明ければ立春となり、実感出来ませんが暦の上ではもう春となります。

 年賀状の挨拶に「新春」「初春」と書く様に、旧暦では春を一年の始まりとしていました。節分は、正月気分からもう一度気を引き締め、決意を新たにする良い機会です。

 また節分といえばやはり豆まきでしょう。最近は掃除が大変だという理由などで、敬遠されていると聞きますが、まだまだ廃れてはいないようです。子供の頃など豆まきが楽しみで、鬼の面をつけた父親に調子に乗って豆をまき過ぎ怒られたこと、まき過ぎた豆の一部が数ヵ月後に家具の隙間から埃にまみれて出てきた事等、様々な思い出があります。

 ところで昔は、豆まきの豆という字は当て字で「魔目」「魔滅」と書き、鬼の目をつぶし、魔を滅ぼすとしていました。豆をまき、家の魔を追い払い、それと一緒に自分の心の魔も追い出し、厄落としをするという意味があったようです。

 心の魔とは、限りない様々な欲望である貪る心、怒りの心、正しさが解らない心といった、仏教用語で心を害することから「三毒」と言われるものです。

 この「三毒」は私達の心に常に潜み、隙あらば心を乗っ取ってとやろうと絶えず企んでいます。例えば必要のないものまで欲しくなったり、見栄を張ったり、他人を妬んだりと乗っ取られる機会はよくあります。

 「三毒」を心から追い出すのは困難のように思えますが、日蓮聖人は「法華経は釈尊の真実の心が説かれた良いお経である。その良いお経と共にいれば、筒の中の蛇が真っ直ぐになる様に、自然と自分の心も正しく真っ直ぐに、良い心に成っていくものである」と仰っています。

 素直な心で法華経を信仰し、一心に御題目を唱えることで「三毒」が住み難い心へと成っていくのです。法華経という豆をまけば、心の魔も次第に小さくなり、ついには「魔滅」と成っていくことでしょう。

更新日:2010/02/01

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平成22年01月

晴れ着 / 日慧

けましておめでとうございます。先行きの不安が拭い去れない昨今、まずは何もかも吹っ飛ばすパワーを初詣で戴き、本年がよい年となりますようお祈り申し上げます。

 ところで、初詣に晴れ着でいる方をあまり見かけなくなりました。山の上まで来るには、窮屈な服装よりラフな格好の方がいいということもあるのでしょう。

 しかし参詣はともかく、結婚式などの改まった席でも、昔ほど正装にこだわらなくなってきました。これは、気楽になった反面、日常とハレの場との境界が不明瞭となり、気持ちの切替が出来なくなったということでもあります。

 私が小学生の頃は全校揃って新年を祝うため、元日は学校へ行かなくてはなりませんでした。初春とはいえ冬真っ只中の寒い中を、「何で休みの日なのに、小学校へ行かなくてはいけないんだ」などとぼやいたものです。広くて寒い体育館に整列し、校長先生の年頭所感と訓辞を聞きます。小学生にとって楽しいはずはありません。でもこれが毎年恒例の行事でした。

 新年を祝うという習慣は世界各地にあります。一年を無事に過ごすことができたという感謝と、新たなる出発を迎えての期待と喜びを表すものでしょう。

 お正月を迎えた心の内の思いを形で表したのが、神仏への様々なお供え物や飾りであり、晴れ着姿です。そしてまた、その形が逆に心の内の思いをより一層高めることとなるのです。形と心が密接なつながりを持っていることは、誰もが経験しています。同じ食べ物でも、器によって味まで変わったように感じたり、ただ泊まるための部屋でも高級旅館の部屋のほうが落ち着いて休むことが出来るなど、形は人の心までも変えてしまいます。

 たとえ晴れ着は着ていなくても、一年の計をしっかり心に持ち、ご先祖にそして仏天に手を合わせて形とすることは、まことに意義深く、その功徳は絶大なるものであり、必ずやご守護を得られることでしょう

更新日:2010/01/01

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仏様の願い / 服部憲厚

年も新しい年を迎え、全国各地の神社仏閣は初詣の人々で賑わいを見せています。宗教離れが進んでいるとはいえ、昔も今も、正月には必ず初詣に行って手を合わせる人は多いはずです。私も、初詣の方々をお迎えする立場ではありますが、今年こそはよい年になるようにと、一年の安泰を祈って手を合わせました。

 家内安全・身体健全……皆それぞれに一年の願いを持って、それぞれの思いで手を合わせ祈ります。正月は仏様にとっても忙しい月かもしれません。初詣に来た人々の膨大なお願い事が押し寄せてくるからです。賑わう境内、慌ただしい正月の空気。仏様のお顔を拝すると「私だってお願いしたいよ。」今にもそんな声が聞こえてきそうです。

 そういえば、私達はいつもお願いするばかりです。仏様は私達の願いを何でも聞いてくれそうな慈悲深いお顔をされていますが、仏様には願いがないのでしょうか。そんな疑問を持った私は仏様の答えをお経に見つけることができました。

 「私はいつもこう考えています。どのようにして生きとし生けるものを救いの道に入れ、仏と同じ最高の幸せを与えてあげることができるだろうかと」(『妙法蓮華経』如来寿量品第十六)

 仏様の願いはただ一つ、生きとし生ける全てのものの幸せ。自分ではなく他者への祈りです。改めて仏様の大きな優しさに気づかされました。

 他人の苦しみを自分の苦しみに感じ、他人の喜びを自分の喜びにできる人は、苦しさも多いでしょうが、幸せも人一倍であるはずです。一方、私はいつも自分の願いばかり……。仏様から叱られそうです。

 とはいうものの、私達はやはり凡夫、自分の幸せばかりを考えてしまいがちです。でも、それはまた自身の努力すべき目標として大切なことです。

 今年の初詣には、いつものお願いにもう一つ、みんなの幸せを願って仏様のお手伝いをしてみてはいかがでしょうか。

更新日:2010/01/01

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